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ぴあのピアの徒然日記

福岡でピアノを楽しむサークル、ぴあのピアの日記です。コメントは機能していませんので、メールを頂けると助かります。

椅子の高さ 

ピアノ弾きにとって、椅子の高さは演奏の質(とりわけ音色の)に反比例するという事実があるように思います。

他日、ブレンデルの異様なまでの椅子の高さが好きではないと書きましたが、だいたい椅子の高い人は、たとえ高尚な音楽を作り出す巨匠にしても、少なくともピアノから艶やかな美音を鳴らす人はまずありません。

ヴィルトゥオーソの中で思い出されるのはピアノの巨人と謳われたリヒテルです。
彼もあのガッチリとした体躯からすれば、不当に高い椅子で演奏します。
よくピアノを弾いていた頃のアシュケナージも小柄ではあるけれど、それを考慮しても椅子はえらく高かったと思います。

椅子の高い人は、どうしても肘が高くなり上から叩きつけるタッチになり、さらには上半身の重心も加勢して、非常に鋭角的な音になってしまいます。
これに対して椅子の低い人は、手首が低く、深みのある肉付きのある音を鳴らします。
体重がかかるにしても腕や手首がサスペンションの役目をして、いったんそこに溜められたエネルギーが柔軟に適宜分散されて丁寧なタッチに繋がるので、とても深く鳴るのですが、椅子が高いと肩・腕・肘などは硬直したハンマーに近い働きをしているような気がします。

現代の若いピアニストは、だいたい整体学的に正しいフォームやタッチを前提に育ってきているので、極端に椅子が高いとか、音が汚いというようなことはあまりないのですが、同時に昔のピアニストが持っていたような生々しい情熱、音楽の迫真力、ここぞという時の炸裂するフォルテなどがほとんど見受けられなくなり、誰を見てもそこそこバランスが良い優等生にしか見えないのは大変つまらない、残念なことだと思います。

高い椅子の最右翼は中村紘子女史で、彼女はコンサートでもいわゆる黒い革張りのコンサートベンチは使わず、幼児から大人まで幅広く使われる、背もたれ付きのトムソン椅子で必ず演奏します。
紘子女史はこれを極限まで高く上げて、座るというよりは、ほとんどお尻は椅子の前端に引っかかっているだけという、まるでコントラバスの奏者顔負けの半分立っているような姿勢で弾いていますね。

紘子女史のような自意識の強い人が、見た目にも美しいコンサートベンチを敢えて使わないのは、コンサートベンチは基本的に大人のプロ用というか、少なくとも子供サイズを想定していないために高くするにも限界があり、したがってあのお稽古でよく見る椅子を使っているのだと思います。

彼女が「題名のない音楽会」で若い人にラフマニノフの第2コンチェルトをレッスンしたことがあったのですが、彼女のアドバイスによると、この曲をオーケストラと格闘して表現するには、もっと椅子を高くして、指を立てて上から弾かなくてはいけない、今のアナタの弾き方ではただお上手でございますわねオホホホホで終わってしまうわよ…などと、思いがけず彼女の本音らしきことが聞けて、おまけに実演までしてくれたのは思わず苦笑させられました。

逆にグールドも顔負けなほど椅子が低いのは、スティーヴン・コワセヴィッチで、あきらかに普通のコンサートベンチの足を切っている、もしくは特注で、おそらくは紘子女史の半分ぐらいの高さしかないようで、これはこれで奇妙です。
鍵盤の高さはすべて同じなのに、まさにスタイルはそれぞれというわけですね。
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2011/06/09 Thu. 01:25 | trackback: 0 | comment: 0edit