FC2ブログ

01 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.» 03

ぴあのピアの徒然日記

福岡でピアノを楽しむサークル、ぴあのピアの日記です。コメントは機能していませんので、メールを頂けると助かります。

音霊のひびきに 

ずいぶん前にNHKで放送された『こころの時代 音霊のひびきに』という番組を録画で見ました。
ピアニストの遠藤郁子さんがショパンのピアノソロ作品全曲演奏会を8回に分けて芸大の奏楽堂で行っているのを捉えて、番組では現在の遠藤さんの心境やショパンへの取り組みをじっくりと1時間語るという充実した内容でした。

芸高から芸大に進み、1965年のショパンコンクールに出場したことを機に、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカの内弟子として5年間ポーランドで厳しい修行に明け暮れたこと、次いでパリでペルルミュテールに師事したこと、帰国後は38歳も年上の相手と結婚し、普通の主婦以上にこなしたという主婦業、高齢の夫の病と介護、大学での指導、さらにはコンサートと息を付くひまも寝る時間もないという想像を絶する激務を続けるうちに、ついには身も心もボロボロになったこと。
その挙げ句、自身が乳ガンの宣告を受け、手術から闘病、リハビリにいたる心の移ろいなどを淡々と、しかし彼女のピアノのごとく、しっかりと腰の座った明晰な言葉で語り尽くしました。

それにしても彼女のショパンに対する真摯(というよりはほとんど宗教的)な姿勢、書き残した作品、音符のひとつひとつを「ショパンの遺言」であると捉え、分析の深さや尋常ならざる思い入れには素直に敬服したという印象でした。
最終的に、その演奏に自分が同意できるかどうかは別としても、少なくとも彼女が信じ、言わんとしていることは理解できることばかりです。

そしてなにより、質素な暮らしの中でひたすら音楽に献身し、自らの精神世界と音楽を融合させながら誇りを持って生きているという姿勢が圧倒的な力を持ってこちら側に迫ってくるようでした。
昔はいやしくも芸術家と言われるような人なら、なにかしらこういうところはあったものですが、現代ではすっかり見なくなって絶滅同然のように感じる今日、久しぶりに本物の芸術家、あるいは尊厳ある人間そのもののあるべき姿を見せられたような気がしました。

マロニエ君は遠藤郁子のピアノは嫌いではありませんが、さりとて大ファンというほどでもありません。
しかし、そんな好き嫌い以前に文化芸術のエリアに身を置いた人間の、凛としたその姿を、過去の本などではなく、現役の人間の声として触れることが出来たのはまったく溜飲の下がる思いでした。

話のすべてを肯定的に受け止めたわけではありませんでしたが、少なくともこの人にはこの人が到達したところの哲学と精神世界があり、形而上学的な世界を求めて今も彷徨っているということだけはよくわかりました。

実を言うと、マロニエ君はこの人の気味の悪い日本人形のような出で立ちでピアノを弾くセンスだけはどうしても拒絶感がありましたし、そういう奇抜な衣装を好むというセンスには最後のところで拭いきれない違和感があったのですが、今回の映像ではずいぶん印象が違っていました。

変な和服は相変わらずでしたが、白髪が増えた髪をアップに結ったことで却って気品と真っ当な威厳がそなわったようでした。
以前はまるで童女のような真っ黒のおかっぱ頭に、創作着物のような、いわゆる日本の伝統呉服とは大きく懸け離れた衣装でしたから、一種の不気味さがあり、まるで岸田劉生の麗子像がピアノを弾いているようでした。

遠藤郁子はずいぶん前からレコーディングやコンサートにはカワイをよく使うピアニストでしたが、やはり現在の連続演奏会にもシゲルカワイのEXを使っていましたから、よほど彼女が求める音があるのだろうかと思います。
しかし主に話の舞台だった自宅では、最低でも3〜40年前のスタインウェイを使っており、ときどきあれこれのパッセージを弾いてくれますが、その音は昔のスタインウェイ独特のツンとしたあの時代の音でした。

こういう人にいてもらわないことには、今の軽薄な商業主義に乗ったピアニストだけが幅を利かせるなんて、もううんざりですから、ますます頑張っていただきたいものです。
スポンサーサイト
2011/02/28 Mon. 01:43 | trackback: 0 | comment: 0edit

練習会&お茶会 

昨日の午後は、市内の小学校でピアノサークルの練習会がありました。
マロニエ君は定例会にはそこそこ顔を出していますが、練習会は二度目の参加で、記憶ではそれほどの人数ではなかったので、同じようなものだろうと思っていたら、ポツポツと人がやって来て、最終的にはそれなり(たぶん10人以上)の人数になって、これはこれでひとつの立派なイベントみたいでした。

練習会とは言ってみても、ピアノは1台で、弾くのは常に1人ですから、必然的にあとは定例会同様に人の演奏を聴いている形になりますが、それでも多少のおしゃべりなどは許されるので、やはりいつもよりはだいぶリラックスした雰囲気ではありました。

とは言っても自分の番になれば、どうしても人の目の前で自分一人が弾くということに変わりはないので、それなりの緊張が伴うのは言うまでもありません。

さて、マロニエ君の知人が最近このサークルに入会したのですが、昨年秋のショパンコンクールを聴きに行かれたときの資料やら写真やらをたっぷりと見せていただきました。
よくよく話を聞いてみると、このために長期の休みを取ってワルシャワに赴き、なんと一次から決勝まですべて、毎日8時間、実に3週間にわたってコンクールを舐め尽くされた由で、まさに審査員と同じ量、世界から集まったコンテスタントの演奏を聴いたという事ですから、いやはやもう開いた口が塞がりませんでした。

同行した奥さんには「一生のお願い」と拝み倒しての渡欧だったそうですが、お付き合いもここまで来れば生半可なことで出来ることではありませんね。ワルシャワでは連日朝からフィルハーモニアホールへと通い続け、時には日に10回も幻想ポロネーズを聴くこともあったとか。わずかな空き時間にはショパンの心臓が納められた教会だのショパンの像がある公園だのと、コンクールの合間もひたすらショパンな日々だったそうで、あっぱれという他に言葉が見つかりません。

もう一つはメンバーの方が最近行かれたという、東京は信濃町にある民音音楽博物館で、パンフレットを見せていただくとオールカラーの立派な冊子に、所蔵楽器の写真がずらりと紹介されていましたが、ピアノだけでも相当の台数が収蔵されているようで、歴史的価値の高いものが多々あるようでした。
現地では案内の人がそれぞれの楽器の時代に即した曲を演奏してくれるんだそうです。

マロニエ君が東京にいる頃にはもちろん存在しなかったおそらくは新しい音楽博物館で、そのうち上京する折があればぜひ行ったみたいものです。

練習会終了後は近くのコーヒーショップに移動してのお茶会となりましたが、そこでの話題は、もっぱらひとつのテーマに占拠された観がありました。
というのも、我らがリーダー殿には昨年末から素敵なお相手が出来たことは聞いていましたが、リーダー殿がここで語り始めた独特な語り口によるオノロケの連発は、お茶会に参加した全員を、元気と感嘆と爆笑の渦に巻き込みました。
そのあまりの可笑しさに時の経つのも忘れ、練習会よりもさらに長い時間、一同はこの愉快な話題に釘付けとなり、最近のように暗い話題ばかりが続く中で、久々に聞く、春爛漫の明るさに満ち溢れた話でした。
リーダー殿の一直線の自信に満ちたトークの数々には、否応なしに一同が沸き立ち、まるで我々の席だけがルネサンスの宗教画のように天からの光りに満たされているようで、いやはやつくづくと明るい話は人を幸せに快活にするもんだと思いました。

これだけでも出かけて行った甲斐があったというものです。
2011/02/27 Sun. 01:30 | trackback: 0 | comment: 0edit

山田耕筰のピアノ曲 

山田耕筰といえば明治から昭和にかけて活躍した日本の大作曲家ですが、あまりにも歌曲で有名となったためか和風の人というイメージがありますが、本来は西洋音楽を日本に紹介し、自身もドイツなどの留学経験から本物の西洋音楽を身につけ、終生音楽に身を捧げた筋金入りの音楽家だったようです。

彼が数年間留学した第一次世界大戦直前のドイツでは、R・シュトラウスやニキシュが頻繁に指揮台に立っているような時代だったようで、そのコンサートにはしばしば通ったといいますし、なんとカーネギーホールでは自作の管弦楽曲を演奏したり、ベルリンフィルやレニングラードフィルなどの指揮台にも立ったといいますから、童謡や校歌ばかりを作っていた人とだけ思うのは少々間違いのようです。

その山田耕筰の作品は、歌曲は1000曲を超えるほどもあるそうで、そのためか歌曲があまりにも有名ですが、実際にはオペラや交響曲/交響詩、室内楽曲などに混じって、わずかながらピアノ曲を残しています。

最近、その山田耕筰のピアノ作品全集というCD二枚組を購入しましたが、主にはプチ・ポエムという山田耕筰が創始したというジャンルの小品集などが中心となり、ほかにも様々な作品が含まれていました。

「スクリャービンに捧ぐる曲」というのがあるように、この中の何割かの作品は明らかに後期のスクリャービンの影響を受けていると思われるものが散見できますし、どの作品も透明な空間の広がるような非常に詩的で幻想的なものが多いのは意外でした。
聴いていると様々な種類の光りがあちこちから差し込むようで、その気品ある作風は予想できなかったものばかりでとても驚かされました。
少なくともあの「荒城の月」とか「からたちの花」などからはかけ離れた抽象性を持ち、本格的な西洋流の近代音楽というべきものばかりで、あらためて偉大な音楽家だったということが偲ばれるようです。

CDの解説によると、これは世界初の山田耕筰ピアノ作品全集なのだそうで、なんと演奏者は日本人ではなく、イリーナ・ニキーティナというロシアのピアニストで、1994年にスイスで収録されているものです。
レーベルはDENONで、録音スタッフには数人の日本人が関わってはいるようですが、あくまでもヨーロッパ人の演奏によるヨーロッパで収録された山田耕筰のピアノ曲アルバムという点が非常に面白いと思います。

ちなみに使用ピアノに関しては一切記述がありませんが、その音はまぎれもないスタインウェイそのもので、しかも現在の新しい楽器からはほとんど聴くことの出来なくなってしまった、重厚な深みと密度感のある瑞々しいその美しい音色には、聴いていて思わず陶然となるようでした。
しかし決して古い時代のピアノではなく、1970年代までのスタインウェイはまたちょっと違った種類の音を出しますから、おそらくは1980年代後半〜90年前後に作られた楽器だろうと思います。
この時代のスタインウェイは、新しいトーンの中にいかにも上質な響きと透明感があり、それでいて華麗さと現代性も兼ね備えているという点で、マロニエ君はとても好きな時代の音色です

ヴィンテージのスタインウェイを称賛する人達から見ればおそらく違った意見になるでしょうが、現代のスタインウェイとしてはひとつの理想型を極めた数年間で、この30〜40年間で見ればひとつの絶頂期だったように思います。

美しい曲に美しいピアノの音色、それに優れた演奏と録音とくれば、聴いているだけで幸福な気分になれるものです。
2011/02/26 Sat. 01:49 | trackback: 0 | comment: 0edit

原付バイクの寿命 

知人が通勤などに原付バイクを昔から使っているのですが、どのバイクもちょくちょく故障して、出先で動かなくなったり、エンジンがかからないなど、トラブルが絶えないらしいことは、いつも聞くたびに首を傾げています。
そして数年に一度は、故障頻度と修理代に押されるようにして、不本意ながら買い換えに追い込まれているようです。

日本製品で、新車から乗っているというのに、こういうことって意外にあるんですね。
その人曰く、安いのだと「だいたい3年であちこち故障が起こり始める」のだそうで、そのたびにあれこれと修理やらパーツ交換やらをするハメになっているようです。

マロニエ君は原付バイクには乗りませんので、そのあたりの寿命とか信頼性に関して平均的実情をほとんど知らないのですが、この人のバイク事情を昔から見ている限りでは、我らがメイド・イン・ジャパンも原付バイクに限ってはあまり大したことはないなあ…という印象を持っています。
もしかすると、どこか賃金の安い海外の生産なのかもしれませんが、たとえそうだとしても、日本のメーカーの優れた設計と厳しい品質管理のもとに生産される製品であることにかわりはないはずで、信頼性も日本製に準ずるものがあるはずだと思うのですが。

これが普通の四輪車だったらどうかと思えば、よほど営業車などで酷使でもされる場合は別として、普通に通勤や買い物に使う程度の乗り方をしていれば、たかだか3年ぐらいであちこちが故障したり、頻繁にパーツの寿命が来たり動かなくなったりということは、まず日本車では考えられないことですよね。

四輪車や大型バイクには、3年で車検という一応の節目はあるものの、それは各種の点検と、必要な消耗品の交換ぐらいなもので、あちこちのパーツが故障(少なくとも車が走れなくなるような)しはじめるなんてことはちょっと考えにくいです。
通常の乗り方なら、定期点検をしていれば、タイヤやバッテリー、ブレーキパッドのような消耗部品と取り替えるだけで、とりあえず不安なく乗ることができるし、故障して立ち往生とか、エンジンがかからず車を置いて帰ってくるというようなことが頻発するなんてまず考えられず、機械的な寿命だけでいうなら10年は不安なく使えると思います。

そういう観点から見ると、原付バイクというのは機械的にえらく弱々しい短命な乗り物なんでしょうか…。
知人によれば安心して乗れるのは新車からせいぜい2年ぐらいなんだそうで、そのあとはちょこちょこ問題が出始め、出先で動けなくなったバイクを置いて、あるいは押して帰ってきたことも1度や2度の話ではないようです。

ひとつには50ccという小さなエンジンでは、車に較べると格段に持てるパワーの最大限の力を発揮させられ、いわば酷使されている状態に等しいということなのか、あるいはそもそも耐久品質がそのていどのものなのか、いつも不思議に思わせられるのです。
この人の使い方を見ていると、長くても5年で乗り換えていますし、それも最後の1〜2年は修理の頻度が高いようで、文字通りだましだまし乗っているのだそうです。

原付バイクというのは、正式にいうと「原動機付き自転車」だそうですから、その品質もそのへんの自転車並というふうに考えなければいけないということでしょうか。
穿った見方をすれば、メーカーは意図的に品質を落として、数年程度で買い換え需要を作り出しているということも、もしかしたらあるのかもしれませんね。
2011/02/25 Fri. 01:25 | trackback: 0 | comment: 0edit

集客の要素 

世の中の多様化はあらゆる分野にその影響を及ぼし、むろん音楽の世界も例外ではありません。
とりわけクラシックなどは、その寒風の最も風上に置かれているのかもしれません。

これにはいろんな要素が絡んでいるので、マロニエ君ごときが簡単に事を決めつけることはできませんが、ひとつには世の中に余裕がなくなり、コンサートに行くためのいろんな意味でのゆとりがなくなってきたこと。もうひとつは二流以下のコンサートが一時期あまりにも大量に溢れ出し、巷に蔓延しすぎて市場がぬかるんでしまったツケが今まわってきているような気がします。

人間は肝心なことは忘れっぽくても、嫌な体験、苦痛の記憶、退屈の苦しみなどは意外といつまでも覚えているものです。つまらない展覧会に行ったり、つまらない本を読んで途中で投げ出したり、つまらないコンサートに行って不本意な拍手をしてくたびれて帰ってきた経験などは、わりといつまでも残って深いところにその記憶が沈殿しています。すくなくともマロニエ君の場合はそうです。

本来、享楽と感銘と世界に浸りたくて期待したものが、逆に不愉快と苦痛になって裏切られると、その失望体験はそれをむしろ避けて遠ざけるようになります。そこが人間が生きるために何がなんでも必要な衣食住とは根本的に違うところかもしれません。

こういう経験がひとつの時代を広く覆い尽くしたために、人はコンサートなどにも以前のような期待感を抱けなくなったような気もするのです。同時に世の中は日を追うごとに刺激過剰になり、普通のただ良質なコンサートぐらいでは物足りないと感じるようになったのでしょう。
演奏家も音楽や芸術に一途に専心してればいいという時代ではなくなり、なにか大衆の耳目を集めるような特徴を持っていなくては、ただ質の高い演奏を披露するというだけでは、ほとんど訴求力がないのでしょう。

異国で不遇の生活を強いられたというピアニストがひょんなことから人々の注目を浴び、それが大ブームになったあたりから、演奏家に対するタレント性や、背後に背負っている人生ドラマとか同情を誘う要素等が必要とされるといった傾向に、一気に加速がついたような気がします。

本来の演奏や音楽の質はほどほどに、演奏家はまず人々から注目を集める何らかの意味でのタレントであることが要求されるようになりました。有名コンクールに優勝した純真な若者がなかなか良い演奏をするぐらいに思っていたら、たちまち超売れっ子タレントに祭り上げられ、いまや全国どこでもチケットは即日完売という現状には、ちょっとついていけません。年末のリサイタルなど見ていると成長がすっかり鈍り、演奏もやや荒れてきたように感じてしまいました。せっかくの才能が惜しいことです。

いっぽうで、そんな何かの要素を持ち合わせない「普通の」演奏家は、あれこれとアイデアを探し回って目立つことをしてみたり、一風かわった形態のコンサートなどが雨後の竹の子のように出てきているようです。

いろいろ言ってもキリがありませんが、一例をあげると古いお寺の本堂や庭などに場所を変えて、伝統的な日本の寺院と西洋音楽のコラボといった、さも尤もらしいコンセプトを掲げつつ、なんの意味も見出せないようなコンサートが企画されたり、あるいは古い木造建築の中で座布団を敷いて聞くクラシックなど、見ていてあまり説得力のない、どれも芸術的必然や深みのない思いつきだけの企画が多いという気がしてなりません。
文化とか融合とか、つける言葉は便利なものがいくらでもあるでしょうが、そこに流れる本質にはなかなか心から共鳴できるような、なにか圧倒的なもの、真の感銘を呼ぶようなものは感じられないのです。

自作だというスポーツみたいな曲をひっさげてヨーロッパまで遠征する異色の経歴を持つピアニストとか、外国人が作務衣を着て、いかにも日本になじんだフリをしてみせたり、いろいろありますが、なんだか表面的なパフォーマンスにしか思えないのは残念なことです。
2011/02/24 Thu. 02:08 | trackback: 0 | comment: 0edit

クスリを呑むタイミング 

最近、人から聞いた話ですが、効果的にクスリを呑むタイミングというのは、広く普及している認識とは、どうも逆のようです。

まず普通の人の認識でいうと、クスリは体に良くないもの、できれば呑まない方がよいもの、呑むにしても極力我慢して、どうしてもというときに限るという認識があるはずです。
マロニエ君などは根性ナシですから、なにかあればクスリを呑むことにさほどの抵抗はありませんが、中にはクスリ=毒物のように思っていて、それを呑まないことが健康な自然派とでも言いたげな一種の喜びを持っている人がいるものです。
こういう人に言わせるとクスリをすぐ飲む人は、ほとんど「薬物依存」であるかのように決めつけたりします。

病気をしないということはなるほど自慢になりますが、この手の人達はクスリを呑まないことが価値であり、体に対する善行であるかのごとくで、その頑ななまでの意気込みには恐れ入ります。
風邪をひいても頭痛がしても、こういう人達は極力クスリを呑むことを避けようとし、人体の持つ自然治癒力を過信していて、自分の体はそれを最大限発揮できる機能があると信じたいかのごとくですが、マロニエ君などからみればいささか極端すぎるというか、どうかするとただの野人のようにも見えてしまうことがあります。

さて、前段が長くなりましたが、人からの受け売りですが、ある医師の説によると、クスリの最も効果のある賢い飲み方は、なんらかの症状が出て、それがまだ初期の段階に該当するクスリを呑むのだそうです。
つまりクスリはぐずぐずしないで一刻も早く呑みなさい!ということらしいのです。

もし仮にそれが市販薬の場合なら、さらに適量よりも若干多めに呑むとめざましい効果があるのだそうで、その医師に言わせると症状がひどくなるまで我慢するなど、まったくのナンセンスなのだそうです。

仮に軽いものでも、たとえ病気とはいわないようなものでも、少なくとも体に異変や異常があるときは、できるだけ早い段階でその異常を消してしまうのが専門家の観点からすると得策らしいのです。

まあ、よく考えてみれば頷けない話でもなく、仮にこれを火事にたとえるなら、大きな火の手があがるまで消火を手控えて我慢するなんてことはあり得ませんが、それと同じように捉えたらいいのかもしれませんね。
火が出ても、それが小さければ小さいほど消火は容易で被害も最小限で済むということでしょう。

その医師によれば、一刻も早くクスリを効果的に呑むことが、体への負担も最も少なく、トータルでのクスリの摂取量も少なくて済むので、良いことづくめだということです。

この話を聞いて我が身を振り返ってみると、そういえばちょっと思い当たることがあるのです。
たとえば風邪なども、おや?っと気付いたぐらいで、すぐにクスリを呑めばだいたいなんとか回避できることが多いのですが、たまに本格的な風邪をひいたりしたときのことを考えると、たしかにちょっと油断して一定時間を過ごしてしまっている場合などがあるのが自分でもわかります。
風邪などはひいてしまってからは、クスリも効きませんし、それでもあれこれとクスリ摂取量は比較にならないほど多くなってしまいますね。

果たして、なにが本当に体にとって一番得策かをよく考えたら、これは説得力のある話だと思いました。
少なくとも意地を張って、自然派を気取って、クスリを呑まないことが最善とはマロニエ君は思えません。
だいたいこういう人は、エアコンも嫌いで、真夏日でもクーラーは入れないなどと誇らしげにいうものですが、その認識とは裏腹に、体にはかなりストレスがかかっているように思うのですが…。
2011/02/23 Wed. 01:43 | trackback: 0 | comment: 0edit

異端児 

日曜は久しぶりに車のクラブのミーティングに行きました。

最近はご時世故か、車そのものに対する人々の興味、とりわけ若い人達のそれが以前に較べて隔世の感があるほど低下していて、車に乗ること自体が嬉しくて遠くまで延々とツーリングをするというようなことも激減しているようです。
昔のように、爪に灯を灯すようにしてでも目指すスポーツカーを手に入れて、あれこれとチューニングして、その成果を確認すべく夜明け前から山道などに黙々と走りにいくというような人種は、めっきりいなくなりました。

とりわけマロニエ君達の好む、手のかかるマイナーなフランス車などは、カーマニア全盛期の頃でさえ異端児的存在で、置かれた状況は慢性的に恵まれることはなく、ただ単に所有して自動車として普通に乗るだけでも理不尽きわまりない苦労と忍耐の絶えないことは、およそ名うてのスーパーカーにも匹敵する困難がつきまとっていたといっても過言ではありません。

ましてや、最近のようにトヨタやニッサンでさえ国内販売の低迷に頭を抱える中、フランス車などどの角度から見てもビジネスとしてやっていける筈もなく、輸入元も取扱い車種を次々に切り捨て縮小するなど、いつこの小さな火が消えてしまうことかと思うような状況が続いています。

それでもクラブミーティングともなると普段はまず見ることのない同胞が駐車場に集まってきます。

この日は転勤で遠くに行ってしまっていた二人が福岡に戻ってきたというので、その二人が久々に参加していましたが、すでに結婚して二人の子供にも恵まれて立派な家族を成しており、時の経つのは本当に早いもの。それだけ我々が確実に年を取るはずだと思いました。

しかし数年ぶりとは思えないような昔通りの感覚で、何の違和感もなく話も大いに弾み、人というのは一時期深く付き合ってさえおけば、いつでもその当時に戻れるものだと思いました。

郊外のレストランに集合し、昼食を共にしながらしばらく歓談したあと、この日はこれという予定もなく、一人がディーラーに用があるというので、全員同行すべく30分ほどの短いドライブとなりました。

ディーラーに着いても、そこにはかつての活況は失われ、整備工場前のスペースには修理のための車は溢れているものの、販売はほとんどやっていないというか、ただ惰性で店舗のかたちをとっているだけという趣です。

車趣味、わけてもフランス車好きにとってのこれからは、さらに厳しい風雪が待ち受けるものと思われますが、その点では我々の仲間はちょっとやそっとのことでへこたれるヤワではないので、ここ当分はまだまだ乗り続けていくものと思われます。
昔から、たったひとつの部品が本国から届かないために、長いこと車が動かないだの、やっと来たかと思ったら何かの手違いで違うパーツだったり、そもそもディーラーがまともな整備上の知識がなかったりというような、普通の人から見ればおよそ許しがたいような逆境にも延々黙々と耐えてきた変な人種なだけに、その長年の鍛え込みがあるぶん、こういう時代になってもそれが強味になるだけの性根を作り上げているような気がします。

フランス車というのはピアノでいうエラールやプレイエルのような、なんともたおやかで風情のある、色とニュアンスに富んだ、一度覚えると離れられない細胞に食い込むような魅力がファンを捉えて離さない、不思議な車です。車に限らず、ピアノに限らず、フランスという国は一見わかりやすいようでさにあらず、一歩その中に入ると、非常に難解な迷路のように奥の深い世界が広がっており、こればかりは外から観光客のような視線で見ているだけでは絶対にわからないものです。

尤も、その中毒者となることがその人にとって本当に幸せな事かどうかとなると、マロニエ君自身も本当はどっちなのやらいまだによくわかりません。
ただし、ありきたりなただ平凡なものに疑問も感じず満ち足りるという安易な感覚は死滅し、常に自分でものを感じ、考え、通俗を否定し、真相を究明し、自分なりの結論を出すという、一連のフランス人的な感性のおこぼれには与れるような気がします。
異端であることが賞賛される世界、みなさんもおひとついかがでしょう。
2011/02/22 Tue. 01:46 | trackback: 0 | comment: 0edit

日本初のピアニスト 

世の中には先を行き過ぎてしまったような人が稀にいるものです。

日本で最初のピアニストとしては久野久(1886~1925)と小倉末子(1891~1944)が有名ですが、ある新聞記事を読んでいると小倉末子という人はたいへんな人だったように思いました。
年は久野久のほうが5歳ほど上だったようですが、まあこの時代のピアノ演奏家としてはほとんど意味のないほどの違いです。

小倉末子は二十歳で東京音楽学校(現芸大)に入学しますが、翌年1912年には中退してベルリンに留学しますが、わずか2年ほどで第一次世界大戦が勃発し、日本とドイツの国交断絶状態により、さらにアメリカへ渡ります。

はじめニューヨークに滞在しますが、そこでコンサートに出演したところ大絶賛、ニューヨークタイムズにも賞賛されて、なんと以降のコンサート契約を得ており、さらにはシカゴ・ヘラルド紙でも大絶賛され、ついにはメトロポリタン音楽学校から招聘されることになります。
24歳という若さで、ここのピアノ科の教授に就任しているのですから驚くよりほかありません。
小倉末子は世界で認められた初めての日本人ピアニストということになるようです。

これは現代であってもかなりの快挙といえますが、それまで日本には西洋音楽の下地などないに等しい明治時代で、ピアノを学ぶというだけでも今からは想像も出来ないような特別なことであったはずなのに、しかもこれほどの快進撃を続けたとは、ただもう唖然とするばかり。

唖然といえば、1916年(大正5年)に帰国した際には、300年のピアノ音楽の歴史を一人で弾くという途方もない内容の連続演奏会を敢行しており、そのプログラムにはバロック作品から、なんとこの時代にシェーンベルクまで弾いたというのですから、にわかには信じられないような話です。
さらには一夜にピアノ協奏曲を3曲弾くこともあったそうで、100年近くも前にこんなスーパー級の日本人ピアニストがいて、こんなものすごい演奏会をしていたとは…。

久野久と小倉末子は日本最初のピアニストとして、二人セットのようにして名前だけは目にすることがあり、二人して東京音楽学校の教授であったことぐらいしか知りませんでしたけれども、いやはや、こんなにも凄腕の、凄まじく進んだ人だったとは思いもしませんでした。

ピアノほど幼年期の経験がものをいう世界もありませんが、小倉末子は大垣藩士の流れをくむ生まれだったそうですが、5歳のときに災害で両親を亡くし、神戸の兄に引き取られます。兄は貿易商で財を成した人であったことから家にはドイツ製のピアノがあり、その妻がドイツ人で末子にピアノの手ほどきをしたことが、末子のピアノを弾くきっかけだったとか。

そういう偶然の環境があったにしても、まったく時代を取り違えたようなそのめざましい活躍は、やはり天才だったのだろうと思わずにはいられません。彼女にはなんとなくある種の悲壮感を感じてしまうのは、世に出る時代があまりに早すぎて、時代が彼女の価値を正しく受け止めきれなかったことのような気がします。
残念なことに第二次大戦中に、時局故に東京音楽学校を退職させられ、その後53歳という若さで亡くなっていますが、もし生きていれば間違いなく戦後の日本のピアノ界を強い力で牽引したであろうことは間違いないでしょう。

末子は独身であったこともあって彼女のことを語り継ぐものが少ないというのも残念なことですが、近年では出身校である神戸女子学院が彼女の軌跡を追っているらしく、アメリカからはたくさんの資料が見つかっているとのことですから、さらに詳しい事がわかるかもしれません。

どんな演奏をしたのか、もし録音があればぜひとも聴いてみたいものです。
2011/02/21 Mon. 01:29 | trackback: 0 | comment: 0edit

行かなかったゴッホ展 

昨年から行こう行こうと心に決めていたゴッホ展でしたが、ついに行かずじまいとなりました。

自分でもどうしてだろうかと思ってみるものの、まあ理由はいろいろだったと思われます。
第一の理由は、土日の混み合う日に行く気はないけれど、平日はどうしても時間が作りにくかったことがあったと思います。
しかし、何が何でも、少々の無理をしてでも絶対に行きたい!というまでの気にならなかったことも、どうにかして時間を作ろうとしなかった逆の理由かもしれません。

それは、まず最近の展覧会の質の低下というものがあり、期待して行っても実際の会場にある展示物にはどこか寄せ集め的というか、間に合わせ的といった印象があり、そんな展覧会をもう何度も経験してしまっているので、だんだんどういうものか悪い方の察しがつくようになったことがあるかもしれません。

言い方が難しいですが、コンサートのプログラムにもそれなりの構成やバランス、あるいは主題が必要なように、様々な展覧会にも展示作品の質はもちろんのこと、さらにそこに一定の構成やまとまりがなくては、ただばらばらに数合わせだけしたような物を見せられても、必ずしも本来の感銘へ繋がるとは限りません。
最近は開催者や学芸員の世代も変わってきたのか、そのへんの裏事情はわかりませんが、本当の意味での芸術品美術品に慣れ親しみ、そこに精通した人間が各地の展覧会を手がけているとはあまり思えないような、少なくともそう感じられない、後味があまりよくない展覧会が多いのです。

展覧会というものは、ただ有名作家の作品をどこからか調達してきて並べればいいというものではなく、そこになんらかのアーティスティックな配慮と、来場者の心をいざなう統御が効いていないと集中力の高い展覧会にはなりません。

何となく最近の展覧会は役人仕事のような印象を覚えるものが多いのは事実です。
それはなにか。ちょっと安っぽい言い方ですが、主催者の情熱や気が入っていない、たんなるイベント的なものが多いと感じるのはマロニエ君だけではないはずだと思っています。

ゴッホ展に話を戻せば、行かなかったのは、さらに会場のせいもあるかもしれません。
2005年10月に鳴り物入りでオープンした九州国立博物館でしたが、東京や京都のものとは大違いで、国立博物館ともなれば建築自体もその名にふさわしいものでなくてはなりませんが、まるで何かのパビリオンか巨大な温室のようで、そこに足を向ける喜びが得られないのは甚だしく残念なことだと感じています。
中に入ってもここが文化芸術の殿堂という何か特別な気配は微塵もなく、まるで大きな観光案内所みたいで、まるきり文化の香りというものがありません。
おまけに駐車場は遠く、なんの美しさも風情もない、ただ山を切り開いただけのような舗装路を、車からあんなにてくてく歩かされるのもマロニエ君にはおもしろくありません。

私見ですが、美術館や博物館はこれといった用がなくても、なんとなくそこに行きたくなるような穏やかに包み込まれるような魅力、いるだけで気が休まるような高尚で静謐な空気が流れているような、そんな場所もしくは空間でなくてはならないというのが持論です。

まあ、考えてみれば自分の地元で良い展覧会のほうが向こうから来てくれることを望むのもムシのいい話で、本当に感銘を受けるような作品をそれに相応しい場所で見たいのなら、やはり飛行機に飛び乗ってヨーロッパにでも行かなくてはいけないということなのかもしれませんが。
2011/02/20 Sun. 01:30 | trackback: 0 | comment: 0edit

エル=バシャのバッハ 

新しいCDの話題をひとつ。

中東はベイルートの出身という珍しいピアニストのアブレル=ラーマン・エル=バシャは実力派のピアニストとして、もはやかなり世界的にも認知されたピアニストだといえるでしょう。
19歳のときにエリーザベト・コンクールで満場一致の優勝を果たし、以来30年余、着実なピアニストの道を歩み続けて来日回数も増やしています。
骨格のある確かな技巧と、膨大なレパートリーもこの人の特徴のひとつで、すでにベートーヴェンのソナタ全集やショパンのソロ作品全集など、録音の面でも大きな仕事をいくつも達成していますし、一説によれば協奏曲だけでも実に60曲近いレパートリーを持つというのですからタダモノではありません。

近年ではプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を出したり、日本で録音したラヴェルの作品全集がリリースされるなど新しいCDも出てきていましたが、以前ショパンのソロ作品全集を購入してみた印象から、マロニエ君としてはその実力は充分認めつつ、わずかに完成度に欠け、積極的な魅力という点でも決定打がありませんでした。
最近の日本公演の様子(TV)をいくつか観たところでも、とても上手いし、安心して聴くことの出来るしっかりしたピアニストというのは大いに認めるものの、やはり画竜点睛を欠くという印象が残りました。

一般論として、やたらレパートリーの多い(広い)ピアニストというのは、各作品のごく深い部分に触れようとか、魂の深淵を覗かせてくれるような、いわば味わいとか真理を極めたような演奏はあまりしないもので、何を弾かせても達者に弾きこなし、そつなくまとめるという場合が多いものです。
最も代表的なのが少し前で言うとアシュケナージでしょうか。

そのエル=バシャですが、最近発売されたのがなんとバッハの平均律第1巻でした。
もし店頭でジャケットを見ただけならおそらく買うことはなかったと思いますが、試聴コーナーにこれが設置してあり、ちょっと聴いてみたところ、あの有名な第一番ハ長調のプレリュードを聴いたとたん、不覚にもいきなり引き込まれてしまったのです。あの単純なアルペジォの連続が、これほど高い密度の音楽として胸に迫ってくるのは初めての体験でした。
いくつかの前奏曲とフーガをきいているうちに、「これは…買わねばならない」というほとんど確信に近いような気持ちが湧き上がりました。

ここ最近、ピアノで弾く平均律第1巻で強く残ったのはポリーニのそれでしたが、ポリーニのふくよかで格調高い演奏に対して、エル=バシャのバッハはより鮮明かつナチュラルなアプローチですが、若い人のような無機質で器用なだけという感じではなく、あくまで生身の人間が紡ぎ出す演奏実感に溢れていることがまず印象的でした。
正統的でありながら、決して四角四面な教科書のようなバッハではなく、ここに聴く演奏は新鮮さがあり各声部が活き活きとよく歌うバッハだといえるでしょう。
これまでのエル=バシャの演奏には、達者だけれどもどこか固さや泥臭さがないわけでもなかったのですが、それらは見事なまでに消え去り、このバッハに至って、彼のこれまでのどの演奏からも聴けなかった「洗練と魅力」がついに達成されており、曲集全体が大小さまざまに呼吸をしているようでした。

ちなみに、録音は日本で行われ、使用ピアノはエル=バシャの希望によりベヒシュタインの新しいコンサートグランドであるD280が使われています。一聴したところでは、すぐにベヒシュタインとはわからないほどのスタインウェイに代表される現代的な美しいピアノの音で、録音も優秀だし、演奏が素晴らしいこともあって、そういう事は関係なく美しいピアノの音楽として聞こえるのですが、耳を凝らして注意深く聴くと、かすかにベヒシュタインの楽器の人格が確認できます。

ベヒシュタインのDNAとでもいうべきポンと鳴るアタック音の鋭さと、それに対して相対的に短い音の伸びが、却って鋭い音にからみつく余韻のように感じられ、タッチの粒立ちがよく、同時にやや素朴な印象を与える点がバッハに向いていることがわかります。
バッハにこういうピアノを選んだということにもエル=バシャの深い見識を感じさせるようだし、D280をこんなにも清冽な調整をした日本の技術者はやはり質が高いもんだと感心させられました。
マロニエ君は長いことD280については疑問ばかりがつきまとっていましたが、このCDを聴いて、ようやく現在のベヒシュタインがどういうピアノを作りたかったのかが少しわかったような気がしました。

自信を持ってオススメできるCDです。
2011/02/19 Sat. 01:31 | trackback: 0 | comment: 0edit

さげもん 

「さげもん」はほんとうにかわいらしくて美しいものです。

柳川のひな祭りのときに飾る、吊し飾りとして有名な「さげもん」はいつかその時期に柳川に行って見てみたいものだと思っていますが、なかなかチャンスに恵まれずにいたところ、ニュースでこの「さげもん」の展示会をアクロスでやっているということを知り、天神に出たついでに東へ足を伸ばして見てきました。

2階の展示場で開催されていましたが、いろいろな作品があちこちに展示され、物によっては販売もされています。

マロニエ君はこれまで「さげもん」をそうしげしげと見たことはありませんでしたが、でもしかし、なんとなく昔から抱いていた雰囲気とは、これは若干違うような…という感覚を覚えました。
もちろん、きれいで色とりどりで、かわいらしいことは間違いありません。

しかし、かすかな記憶にある「さげもん」は、もっと文化や人の香りが濃厚な、ぼってりとした世界がありましたが、それが希薄だったのです。
モノ自体もたいへん良くできてはいるものの、いかにもプロの作品然としていて、仕事の質も達者でいやに安定はしていているけれども、なぜかそこから迫ってくる魅力がないわけです。
手際が鮮やかといえばそうなんですが、悪く言うと機械が作ったようで、個々の味わいや、それぞれと全体が調和しながら醸し出すこの「さげもん」独特の、明るさのなかにフッと暗いものが入り込んでいるような情緒感がないのは、なによりもがっかりしました。

柳川地方では、女の子が生まれると、父方のほうから檀飾りのひな人形が贈られ、母方は祖母から親戚、近所の人などにいたる女性達が寄り合って、この「さげもん」という吊し雛を時間をかけて手作業で作るというもので、その過程に生まれるお付き合いやおしゃべりなどはこの地域の女性の社交の場でもあり、柳川ならではのなんともいえぬ風物のようです。

したがって「さげもん」を作るのはプロではなく、地元の女性がその環境から自然に受け継いだ技術でもあり、まさにこれは地域に根付いた文化なのですが、これが実に、福岡県の一地方のものとはとても信じられないほど、美的で雅たセンスに溢れ、まるで京都かなにかの伝統工芸であるかのような華やかさと輝きをもっています。
その圧倒的な存在感は、ときに檀飾りのひな人形さえも霞ませるほどで、見る人の目をいやおうなく釘付けにするものです。

さげられた飾りは基本的に「柳川まり」と呼ばれる球状のまりに、様々な色の糸で美しい装飾が丁寧に施されたもので、各人各様の色やデザインを持ち、二つとして同じものがない手の込んだ作品が赤い糸で立体的に吊され、そこに宿る気品と美しさは日本文化の誇りのひとつだとマロニエ君は思っています。

ところが今回の展示会では、たしかに「さげもん」の形体はなしていますが、その作品の背後にそのような柳川の女性達の伝統的な風習に和して出来上がったものという息づかいが感じられず、いかにも手慣れたプロが明るい作業場で仕上げた商品というような冷たさを感じさせるものでした。
その美しさもどちらかといえば表面的なものに終わり、いわゆるその土地で必然的に生まれてきたもの特有の風合いがなく、しかも伝統的な柳川まりではない、各種人形のような様々な形状のものまであって、ちょっと本来の美の世界を逸脱しているように感じられたのは残念でした。

販売もされていましたが、ちょっとしたひとまとまりの吊し物でも30万を超えるものが多く、訪れていた老夫婦は、「商売気がミエミエでいやらしい」と普通の声で自由にしゃべっているのがおかしかったですが、たしかにマロニエ君も似たような印象を持ちました。

いまどきは娘さんの振り袖なども、ギョッとするようなおよそ上品とは言いがたい伝統とは無縁の新柄模様が主流となって、上村松園の美人画に見られるような日本の和服の古典的な繊細華麗な色模様などは衰退の一途を辿っているのは、一体どういう事だろうか嘆息するばかりです。

「さげもん」のような伝統が、またしても商業主義に侵食されていくのかと思うと…言葉がありません。
2011/02/18 Fri. 01:17 | trackback: 0 | comment: 0edit

演出過多? 

グラミー賞受賞の内田光子さんから、「世界で認められる日本人ピアニスト」繋がりで思い出しましたが、つい先日のテレビで、昨秋スイスの有名コンクールで見事優勝した日本人の女性が留学先から里帰りするのを追いかけたドキュメント番組を見ましたが、番組プロデューサーのセンスなのか本人の意向なのか、そのあたりのことはわかりませんが、マロニエ君的にはあまりいただけない内容でがっかりでした。

まず第一に、ピアノの演奏場面がほとんどなく、これだけの栄冠を勝ち取っても家に帰れば普通の女の子という日常のほうに焦点を当てたかったのかもしれませんが、いずれにしても有名国際コンクール優勝こそが注目すべき事実なのですから、やはりそのことや演奏を中心におくべきではないかと思いました。

ほんの数秒ていど流れたコンクール本選でのラヴェルのコンチェルト(両手の)は、覇気があって鮮やかで、なかなか見事なものだと思いましたから、できればせめてもうちょっと聴いてみたかったのですが、そういう場面は信じられないぐらいわずかで、あとは地元でのどうでもいいような場面が延々と映し出させるのはなんなのだろうかと思います。

出身校に凱旋訪問して後輩達から大歓迎を受けるシーンや、長年お世話になった恩師を訪ねるというあたりは、この手の番組のお約束ともいうべきものでしょうが、そのわずかな演奏から受けた好印象とは裏腹に、ガクッときたのは本人のコメントで「自分の演奏を聴いてくれた人の中に、わずかでも辛いことや悲しいことを少しでも忘れてくれる瞬間があれば、それはすごいことだと思う…」などと、今どきいいかげん聞き飽きたようなセリフで、この人なりの独自の考えや言葉が出てこなかったのはとても残念でした。

さらに見ていて説得力がなかったのは、コンクール出場中に祖母が亡くなったことをコンクール終了まで家族が敢えて伝えなかったというのですが、祖母の死に想いを馳せ、それで帰省中はまったくにピアノが弾けなくなるというくだりはいったいどういうことかと思うばかり。
ピアノの前に座っても鍵盤にまったく触れようとしないシーンなどが、いかにも芸術家がなにかにぶつかって苦悶しているという感じに映し出されますが、いくらなんでも演出過多では…。
祖母の死を重く受け止めることは大切ですが、伝統ある大コンクールに優勝して初めての凱旋帰国なのですから、もう少し素直に喜んで、地元で待ち受ける人々に少しはその演奏を披露するのがこれからステージに立つ者のせめてもの務めだろうにと思いますが。

帰国の前日になってようやくピアノに向かったその姿を、家族がそっとビデオで撮影していたということで、番組終盤にその映像が流されましたが、そこでついに弾き始めたピアノから出てきた音は、なんと祖母がよく口ずさんでいた歌だった!というもので、このあまりに仕組まれたようなお安いオチの付け方には、見ているこっちは、なんともやるせないお寒い気分になるしかありました。

小さい頃からピアノの猛練習に明け暮れ、単身ヨーロッパに留学し、来る日も来る日もなめし革のように鍛えられ、ついには大コンクールを制覇するまでに至った人なんて、良くも悪くもとてもそんな弱々しいおセンチな感性の持ち主であろう筈がないと思うのですが…。
2011/02/17 Thu. 01:36 | trackback: 0 | comment: 0edit

グラミー賞 

今年のグラミー賞の受賞者には日本人が4人含まれていたそうで、一昨日のテレビはこれを大いに報じているようでした。
そのうちの一人が意外なことにピアニストの内田光子さんで、対象となったディスクはクリーヴランド管弦楽団を振り弾きしてやったモーツァルトの23番と24番の協奏曲だそうで、へええ、と思いました。

グラミー賞というのは言葉だけは良く耳にするものの、それがどういうものかは恥ずかしながらマロニエ君はよく知りませんでしたので、ネットで調べてみると、要するにアメリカの音楽ビジネスに貢献したアーティストを讃える目的に作られたもので、分かりやすく言うなら、日本でいうレコード大賞みたいなもののように解釈しましたが、もしかしたら間違っているかもしれません。

まあ内田光子さんが受賞したことはおめでたいことですが、マロニエ君はこのディスクは持っていますけれども、そんなに売れるほどのものとも、内容が際立って優れているとも正直思えないものでしたのでちょっと意外でした。

内田光子の同曲でいうと、20年以上前にジェフリー・テイト指揮のイギリス室内管弦楽団とやったシリーズのほうが、マロニエ君としてはアンサンブルの軽妙かつ緻密である点は断然上だし、覇気も高揚感も抜群で、はるかにこっちが優れていると思っています。
モーツァルトといえばウチダといわれた人だけに、あの名演があるにもかかわらず彼女が敢えて再録するにはそれなりの芸術的理由があるのだろうと思って大いに期待して買いましたが、いささか肩すかしを食らった印象でしたので、それに続く同じメンバーによる20/27番はまだ購入もしていません。

受賞の理由があまりよくわからなかったものの、ひとつにはクリーヴランド管弦楽団というアメリカのオーケストラと演奏したことが有利に働いたのでしょうか?

蛇足ながら、内田光子がモーツァルトで再録すべきは、協奏曲ではなく、ソナタ全集のほうだと断じて思いますし、同様のことを誰だったか有名な評論家も言っていましたから、やっぱり!と激しく思った記憶があります。
ソナタ全集は、どう聴いても、彼女の本領が発揮できている演奏とは言い難く、その後、サントリーホールで行われたリサイタルのライブCDは、この全集とは比較にならない素晴らしさがあります。

ところが本人はこのソナタ全集で充分であるという認識らしく、これは到底納得できるものではありませんが、えてして芸術家の自己評価には、ときにびっくりするようなことを言っていることがあるもんです。
アルゲリッチもかつて、あの名演の誉れ高い、アバド/ロンドン交響楽団との共演によるショパンとリストの協奏曲の録音について、「あれは嫌い!」と言下に退けてこの演奏に心酔してきたファンを驚かせた事がありました。

内田光子でいうと、ザンデルリンクの指揮によるベートーヴェンの協奏曲全集も、肝心の3番4番の出来が悪いのはいまだに納得できないというか残念というか、こういうものこそ、やり直しをしてほしいと思うのですが、なかなかこちらの思った通りにはいかないようです。
4番についてはメータとやったライブのDVDはこれまたCDとは別物のような素晴らしい演奏でしたから、そういう演奏ができる人でさえ、必ずしも最高の録音を残し切れていない状況は、我々からするとやきもきさせられます。

まあ、なんであれ、日本人ピアニストが世界で認められるのは結構なことです。
2011/02/16 Wed. 02:02 | trackback: 0 | comment: 0edit

せっけん 

いつごろからだったかはよく思い出せませんが、世の中が健康ブームになるにつれていろんなものに「無添加」という文字が溢れるようになりました。

石鹸もそのひとつで、むかしは香りの強い化粧石鹸が高級品の代名詞で、化粧品会社が発売する香水をまぶしたような香りの強い高級石鹸はむやみに立派な化粧箱の中に恭しく鎮座し、いやが上にもありがたいもののように珍重されました。それにならって普及品もそういう方向を目指すようになり、有名な化粧石鹸の詰め合わせは御中元や御歳暮の代表格にもなって、日本列島を隅々までさかんに届けられ、皆それを愛用していた時代がありました。

しかし、無添加ブームは当然のように肌に直接用いる石鹸にもいち早く登場し、地味ながらも、良質のからだに優しい製品としてじわじわとその勢力を伸ばします。とくに福岡県には無添加石鹸の大手の会社があるので、今でこそ珍しくないものの、ひと頃は他の地域ではデパートや特定のショップなどでしか買えなかったようですが、福岡ではスーパーなどでもこの会社の製品がさりげなく買えるという恵まれた状況でもありました。

さて、マロニエ君の友人にはいろんなものに呆れるほど詳しいのが何人もいて、ジャンルも広範で、彼らがもたらしてくれる情報はいつもながら非常に中立的かつ専門性にあふれ、彼らと会うことは勢い情報収集にもなるわけです。そういうことに疎いマロニエ君にしてみれば、本業でも専門家でもないくせに、いつの間にそんな深い情報の数々を仕入れているのか、不可解きわまりない事ばかりです。

あるとき、その無添加石鹸の話に及びましたが、そのうちの一人が言ったことが衝撃的でした。
当時マロニエ君は、ただ単に洗顔用か何かを購入して入浴などに使っていたのですが、ほかに浴用、キッチン用、赤ちゃん用、洗濯用など何種類もの用途に合わせた製品があり、当然パッケージも違えば、形や大きさも微妙に異なっていました。
ところが、その友人が言うには、なんと中は全部同じものだと自信を持って言うのです。…まさか!!

曰く、ただ単に一種類の石鹸だけを販売して、「これを生活の中のありとあらゆる用途に使ってください」といっても、消費者の心理はなかなかそうはいかないものらしいのです。だから便宜的に使用目的別のパッケージや形を変えて、さもそれぞれの目的に適った製品であるかのようにして販売されているにすぎないと言い切ります。
成分を見ると、たしかにどれも純石けん分98〜99%の無添加石鹸となっており、彼が言うには、メーカーのいう防腐剤、色素、香料などの化学物質を一切含まない無添加の石鹸となると必然的にひとつのものになるわけで、結局、基本型であればどれを買っても同じというのです。

しかし、襟やそでの汚れも落とすなどと書かれた洗濯用と、赤ちゃんや女性の洗顔にも使う石鹸が実は同じものというのは、ちょっと聞いただけではなかなか受け容れることができませんでした。
そこで、疑うわけではないものの、一度自分で確認してみたくなり、石鹸会社のお客様相談窓口のようなところに電話してこの事実を確かめてみました。
するとなんと、友人が言うのはその通りで、電話に出た女性はそのことを認めました。ただし、言葉には覇気がなく、なにやらしぶしぶ肯定したといった感じではありましたが。
ともかく、これではっきりしました。

いらいマロニエ君は、浴用には同社の洗濯用という大型の石鹸を使っていますが、なるほど普通サイズの浴用や洗顔用と使い心地もまったく同じで、だったらこれがよほどお得だということもわかり、ずっとそうしています。
それからというもの、無添加石鹸の製品ラインナップのからくりに興味が出て、他社の製品も観察してみるようになりましたが、別会社でもやはり洗濯用/キッチン用/ふきん洗いなどともっともらしく書かれてはいても、成分は99%もしくは98%の「純せっけん分」となっていて、これといった違いがないことがわかりました。

その一方で、あまり使わなくなった化粧石鹸がいまだに物置などにゴロゴロあって、使わないのももったいないので、洗面所の手洗い用に使ってみることにしました。ところが、無添加石鹸を使い慣れていると、これはかなり肌に厳しい石鹸で、数日使っただけでも手の肌がみるみる荒れてくるのがわかり、また無添加に戻しました。
そのかわり、変な使い方ですが、化粧石鹸をスポンジにつけてフライパンなどの油汚れを洗ってみると、グングン油が落ちていくことがわかりました。
やはり脱脂力はかなり強力なようですが、むかしは平気でこの手の石鹸で全身を洗っていたんですから今から考えると驚きですね。
2011/02/15 Tue. 01:25 | trackback: 0 | comment: 0edit

ディアパソンの力 

過日は、機会があってピアノの知り合いのお宅にお邪魔しました。

この方は今では珍しいディアパソンのグランドをお持ちで、そのピアノを見せていただきました。
マンションの中に防音室を組み込まれ、その中に要領よくピアノが鎮座しています。

聞けば、30年ほど前のピアノということですが、とてもそうは見えない、どちらかというと新品に近いような感じるのする美しいピアノでした。
この時代のディアパソンには、まだいくらか設計者である大橋幡岩さんの思想がピアノに残っていて、低音弦の下のフレームには「Ohhashi Design」の文字が誇らしげに記されています。

ちょっと触らせてもらいましたが、やはりヤマハ/カワイとは根本的に違う、ひじょうに立ち上がりの鋭い音が特徴で、いかにもディアパソンらしい明解な鳴り方をするのが印象的でした。
大橋氏は戦前からベヒシュタインを自らの理想としていた日本のピアノ界の巨星ですが、その理念に基づいて設計されたこの大橋モデルには、譜面台の形や足のデザインにもベヒシュタインの流れが汲み取れますし、現在ではグランドピアノではほぼ常識ともなったデュープレックス・スケール・システムをもたず、余計な倍音を鳴らさずに、よりピアノ本来が持つ純粋音を尊重するという考え方だと言えるでしょう。

これはいわば、過剰な調理をせず、素材の旨味を極力活かしたシンプルな料理に似ているのではないではないでしょうか。

とくに現代の平均的な新しいピアノに較べると、ピアノ本体が生まれ持った鳴る力が非常に強く、パワーのあるピアノだと思いました。パワーというのは誤解されがちですが、ただ単に大きな音が出るという事にとどまらず、楽器全体がとても良く響いて楽々と音が出ているという意味です。
ひとの声でも、聞き取りにくい発声の人、細くてくぐもった声の人、無理に大きな声を出す人など、実にいろいろですが、中には生来の通りのいい太い声を持った人というのがいます。
たとえば俳優でいえば武田鉄也氏などは、そういう部類の力まずして通りのいい太い声を出す人だと思います。

そうタイプの太い実直な音がするピアノというのは、なかなかお目にかかれなくなったように思います。
とりわけ印象的だったのは、183cmというサイズにもかかわらず低音域にもかなりの迫力があり、マロニエ君はこれよりもサイズは大きくても、あまり鳴らないピアノをたくさん知っていますから、やはりディアパソンは注目に値するピアノだと再認識しました。
とくにこのピアノの張りのある音色や発音特性はドイツ音楽との相性が抜群で、そのためだけにも所有する価値があるかもしれません。

そのあとは神谷郁代女史の弾くバッハをCDで聴かせていただき、そのディスクの一部にイタリア協奏曲をヤマハのCFIIISとニューヨーク・スタインウェイのDとベーゼンドルファーのModel275の3台で弾き比べをしたものがありましたが、ヤマハはとてもよく調整されているものの根本にあるものは我々の耳に親しんだ響きで、とりあえず普通に聴ける音色。ベーゼンドルファーはこの会場のピアノはとくに上品な音色を持ったピアノで、ベーゼンドルファーはどうかすると逆に蓮っ葉な音になってしまう場合がありますが、そういうところのない、気品溢れる繊細で華やかな響きでした。これに対して、一番特徴的だったのはスタインウェイで、このピアノだけはまったく同じ会場/同じ条件で収録されているにもかかわらず、音が遙か上から立体的に降ってくるのが明らかで、やはりホールのような環境で鳴らしてみると、このピアノだけが持つ独特の音響特性がいかに際立ったものであるかが一目瞭然でした。

ピアノの好きな者同士で話をしていると尽きることがなく、時間の経つのも忘れてしまい、ずいぶん遅くにおいとますることになりました。
2011/02/14 Mon. 01:23 | trackback: 0 | comment: 0edit

続・エコの盲点 

エコの問題点では、なるほどと思うのはまだあります。
家電でも、消費電力のより少ない省エネタイプへの買い換えが推奨されており、ものによってはエコポイントまでつけて国絡みでそれを押し進めていますが、これも件の先生によればまったくの無駄だそうです。

その理由は省エネタイプへの買い換えによる消費電力の差が果たしてどれぐらいか、それを電気代に置き換え、発電量に換算したらどれだけの客観的利益があるかというと、まるでないのだそうで、むしろマイナスになる場合も少なくないとか。
その根拠は、電気製品を買い換えると、古いものはお金を使って処分しなくてはならず、それは最終的にエネルギーを使って処分される運命にあるわけです。巷の「省エネ」の概念にはこの処分のために使われるエネルギー消費が含まれていないのだそうです。
そして新しい製品を買うのもタダではないし、総合的に考えたらそこに要するお金とエネルギーを上回るだけの、本当の省エネ製品なんてまずないというわけで、よろこぶのは要するにメーカーや販売店だけなのです。

これは車でもなるほどと思うことがありました。
あるAメーカーのAAという車は、同クラスであるBメーカーのBBという車に、全国のユーザーの平均燃費(自己申告)にどうしても1割強ほど及ばず、BBが燃費の点では一枚上手であることが明らかでした。
それをAAのユーザーは自分の車への大きな不満点としてネット上で訴え、BBのユーザーはうらやましい、自分も車検まで乗ったら次はBBへの買い換えると示唆したのです。
するとすかさず反論が来ました。AAはBBに較べると新車時の価格が若干安く、さらに平均的な値引き幅もBBよりやや大きいので、全体としては実質的に約20万円ほどの差があるので、車検までの3年間でわずか1割りの燃費差を考えたところで、とうていその20万の差を燃費の差で凌駕することは出来ないはず、と。
金銭面だけでいうと、トータルの出費ではむしろAAのほうが若干有利であることもわかりました。

これで見事にその人は黙ってしまいました。

車も電気製品と同じで、大流行のハイブリッドカーにも疑問の余地が大いに残されているようです。
エコカーの時代到来の大号令のもと、プリウスなどは空前の売れ行きを示し、その数はながらくトヨタの販売の首位を守ってきたカローラさえ凌いだといいますから、これはもう大変な数字です。
しかし、そのぶん買い換えた車の中には、相当の台数が廃棄処分もされたはずですが、その処分に要する石油エネルギーもこれまた大変な量に達するものと思われます。

地球環境というからには、地球規模でものごとを比較・判断する必要があるのは当然ですが、買い換えの時期でもないのに続々とハイブリッドカーや低燃費車に乗り換えたことによる多少の消費燃料の低減と、乗り捨てた車の処分に要するエネルギーがトータルでどちらが地球にとって有効かを考えてみれば、やみくもな買い換えばかりを是とするわけにはいかないようです。

我々はやはりよくよく考えなければ、経済至上主義原理の中で、そうとは気付かずに踊らされているだけという、あまり愉快とはいいかねる実体があるようです。

エコというのはあくまでも総合的大局的に考えなくてはいけないもののようですね。
2011/02/13 Sun. 01:53 | trackback: 0 | comment: 0edit

エコの盲点 

エコとは一体、何を意味するのだろうかと思うときがあります。

テレビに良く登場するエコ評論家のおじさん先生は、巷に流布されたエコは、ほとんどが人為的に創り出されたものであって、エコという名のビジネス絡みか行政の利権漁りに過ぎないと言い切ります。
(エコというのは、これから先、まさに地球規模でのビジネスになる巨大テーマだそうで、世界中の企業や市場はもしエコがなくなると一大事になるとか。地球にやさしいというよりも、経済にとっての格好の大儀というほうが実情に適っているようで、いわばエコ特需とでもいうべきものでしょう。)

はじめはそれを笑って聞き流し、さして本気にもしなかった辛口の論客たちも、そのエコ評論家が度々登場するにつれ、だんだんその主張に一定の評価を与えるようになりました。

これは、はじめ評価されたものがしだいに矛盾しはじめ、マイナスへと覆ってくるのとは対照的ですし、それだけの疑念と時間にも耐えぬく主張というのは、要するに本物だからなんだろうという気がしてしまいます。

それがまったく別の場所や文献で証明されたので、なるほどと思ったとか、目からウロコだったなどとあちこちで言い始めています。
中にはこのエコ評論家が主張したこととほぼ同じことが、遙か後に国連でも公式に発表されたりしたのだそうで、はじめは一般論とあまりにかけ離れているかに思われたり、奇想天外のような印象さえあるので、眉唾のようにいなされていた主張が時間とともに次第に裏付けを持ち、広く認められてきたようです。

マロニエ君も聞いていて非常に説得力のある話だと思う部分が少なくありません。

例えば分別ゴミですが、大半の分別は、この先生に言わせるとまったくの無意味だというのです。
ゴミの分別は各自治体によってその方法も種類も異なるわけですが、多いところでは実に20種類!もの分別を市民に強いているのだそうです。
建前はむろん環境保全、処理方法の違いや、再利用できるものは再利用するなどといったいかにも尤もらしいお題目がついているのです。

ところが、では、その20種類もの分別されたゴミがどうされていくのか追跡調査してみると、なんと大半は再び一箇所に集められ、ひとまとめに焼却されているのだそうです。

これは行政の自己満足なんだそうですが、なんという愚かで、市民をバカにした話でしょう!

せっかく分別したゴミを一緒にして焼却処分するのでは、ダイオキシンなどの有毒物質が出る心配があるのでは?という疑問も抱きますが、そもそもダイオキシンなどよほど特種の場合でないと人体に影響があるほどでるものでないとか、さらには近ごろのゴミ処分施設の焼却設備は性能が良く、大変な高温で処理されるので、有毒物質が出る確率がきわめて低いのだそうで、それを心配するなら、それよりもまだ心配すべき危険性の高い事柄が世の中には山のようにあるのだそうです。
…なるほどと言う他はありません。

行政のやることは裏から見れば大抵こういった開いた口が塞がらないような愚行が決して珍しくないのだとか。
こんなことってあっていいものかと思わずにはいられません。
2011/02/12 Sat. 01:55 | trackback: 0 | comment: 0edit

楽器の王様 

NHKのクラシック倶楽部では、面白い企画がときどきあります。
最近の放送で印象的だったのは、ピアニストでチェンバリストでもある大井浩明氏による「時代楽器で弾くベートーヴェン」でした。これはタイトルが示す通りにベートーヴェンをさまざまなフォルテピアノを使って聴くというもので、彼はピアノという楽器のまさに開発途上に生きた作曲家であったことから、時期によって様々に楽器がかわり、そのつど新しい楽器や音域に触発されて次々に傑作を生み出したことは良く知られています。

クラシック倶楽部は週末を除いて毎日放送されている55分の番組ですが、多くはコンサートのライブ収録ですが、ときどきスタジオコンサートなどの企画物が紛れ込んでいます。
今回の番組はとりわけ贅沢なもので、一時間足らずの番組のために、スタジオには実に年代やスタイルの異なる6台ものフォルテピアノが結集、それらを時代や楽器の特徴に沿って相応しい曲が演奏されるというものでした。

中にはほとんど音らしい音もしないような古いクラヴィコードで小さなソナタを弾くなど、ちょっと笑ってしまうようなものもありましたが、一番の聞き物は、冒頭に演奏されたリスト編曲による英雄交響曲の第1楽章と、最後に演奏された晩年の弦楽四重奏曲op.133からの大フーガのピアノソロ版でした。
大井氏によると、できるだけ広範囲の作品を紹介すべく、敢えてハンマークラヴィーアのフーガではなく、最晩年の作である大フーガを選んだということでしたが、いやはや見ているだけで頭の痛くなるような弾きにくそうな長大なフーガを淡々と弾いてのけたのには、世の中にはすごい人がいるもんだと思わせられました。
大井氏の腕前はそれはもう大変見事なものでしたし、更に驚くのは彼のピアノは独学で、はじめは理系の大学に行ったという異色の経歴の持ち主なのですから恐れ入るばかりです。

大フーガはオーケストラの弦楽合奏でもごく稀に演奏されることがありますが、フーガのような多声部の作品は、編成や楽器を変えてもちゃんと音楽になるところがすごいもんだと思います。

いっぽう冒頭の英雄は、いかにもベートーヴェンここにありという熱気プンプンで、フォルテピアノであるためか、普通のピアノよりも却って違和感なく自然に聴けたのは意外でした。オーケストラで聴くよりも構造が明解となり、ベートーヴェンのあのとことんまで各テーマをしつこく追いかけ回す執念深さがよくわかります。
しかもそれが抜きんでた芸術作品になっているのですから、いまさらながら驚くほかありません。

フォルテピアノは比較的後期のものでも、全体のサイズはとても小さく、さらにまた大井氏の恰幅が立派なので、いよいよ小振りで華奢な楽器に見えました。
音もとても小さめで、あれではなかなかコンサートホールで演奏するのはむずかしいだろうと思いますが、逆にあのような小楽器こそ、現代の響きすぎる音響の小ホールなら、わりと相性がいいのかもしれないとも感じます。

音色の美しさなどの評価はともかく、やはりフォルテピアノの音というのはいかにも過渡期的な音で、早々に完成されてしまった弦楽器に較べて、鍵盤楽器は発展が遅れたというか、どうしても産業革命の到来を待つよりほかになかったという印象をあらためて強く感じました。

あるピアニストが「現代のピアノはモーツァルトやショパンの時代のピアノに較べれば、さしずめ超高級車かF1マシンのようなものだ」と言いましたが、こうして何台ものフォルテピアノをきいてみれば、それが実感としてひしひしと伝わってくるものです。
ほんとうにそれぐらいの差があるのも頷けるようで、ラフマニノフなどは今と同じ性能のピアノで作曲しましたが、バッハやモーツァルトから現代曲までを一台ですんなりとまかなえる現代のピアノは、まさに巷間言われる「楽器の王様」であることは間違いないようです。
2011/02/11 Fri. 01:29 | trackback: 0 | comment: 0edit

大型クルーズ船 

皆さんは博多港に停泊する大型クルーズ船というものを見られたことはおありですか?

マロニエ君はまだないのですが、友人によるとこれがときどき港に来ていて、着岸時以外は沖止めされているらしいのですが、都市高を走っていると、ときどきその巨体を目にすることがあるのだそうです。
しかも、その大きさたるや、これまでの博多港ではついぞ見たこともなかったような巨大なもので、遠目にはまるで島のようにも見えるとか。

これは今話題の、中国人の観光客を乗せてやってくる大型客船らしく、この船が到着すると、貸切バスの軍団が埠頭で彼らを待ちかまえ、直ちに観光地などに連れ赴くようですが、彼らの本音はあくまでもショッピングにあって、観光はどうやら二の次のようです。
たしかに天神のデパートなどでも、最近は中国語表記を目にすることがありますね。
つい先日もテレビニュースで、秋葉原で「爆買い」をする中国人の買い物の様子が流れていましたが、どうやら彼らは我々のようにだらだらといろんな商品を見ながら買い物を楽しむのではなく、予めなんらかの情報を得ているらしく、買う物は事前に決まっているのだそうです。
そのために、ショッピングに当てられたバスの待ち時間も思いのほか短く、目的地に着くなり、各々目的の商品をめがけて一気に散っていくようです。

ニュースで見たのは、主に電気店での買い物の様子でしたが、わずか5分ほどの間に、40万円以上の買い物をする猛者、あるいは人気の炊飯器などを一度に十何個など、その圧倒的な買いっぷりは、まさに「爆買い」の名にふさわしいものでした。

店のほうでも売れ筋は把握しているようで、彼らの来店に合わせて在庫もふんだんに準備されているようです。

買い物が済むと、商品はいくつもの代車に載せられて待機するバスへと運ばれますが、あまり大量のために、床下の荷室には収まりきれず、ついには客室にまで商品をぎゅうぎゅうに押し込んだ状態でバスは動き出します。

さて、友人によると、しばらく途絶えていた上海ー長崎便が今年の夏に復活するのだそうで、使われるのはこの手の大型クルーズ船なのだそうです。
いつぞやも書いたかもしれませんが、日本と中国の距離は想像以上に近く、福岡を基点にいうと上海は東京よりもわずかに近く、北京は札幌とほとんど同じです。
ちなみに博多港からジェットフォイルで3時間弱で行ける釜山は、鹿児島と変わらない距離ですから、隣国は実は想像以上に近いのです。

クルーズ船による上海ー長崎の所要時間は24時間、料金は安いものなら片道7千円!という望外な安さだそうです。
ただし、いかに大型クルーズ船といえども7千円じゃあ個室など与えられないだろうとマロニエ君は思うので、乗り物が好きな人なら楽しいのかもしれませんが、はやく目的地に着きたいせっかち人間にはかなり厳しい旅になるような気もします。
ちなみに友人は就航したらぜひ乗ってみるのだそうで、7千円でももしかしたら個室なのでは…という希望的観測をしているようですが、さてどうでしょうか。

マロニエ君としては、まずは博多港に停泊するその「島のような」勇姿を見に行ってみようと思っています。
残念ながら2月の寄港はないようですが、3月は一転してずいぶんたくさん来るようです。
2011/02/10 Thu. 01:44 | trackback: 0 | comment: 0edit

デジタルカメラ 

このところカメラといえばデジタルカメラがすっかり従来のフィルムカメラを駆逐し、圧倒的主役の座に躍り出ていることはご承知の通りです。

フィルム式のカメラはいまや一部のマニアやプロの間で僅かに使われているのみで、普通の写真撮影にフィルムカメラを使っている人はまずいないでしょう。
これはLPとCDの関係にも非常によく似ていて、本当の表現力がフィルムカメラやLPレコードにあるのはわかっていても、その利便性や普及度から、敢えてこちらを使い続ける人はほとんどいないようです。

デジタルカメラのメリットについて、いまさらマロニエ君がくだくだしい事を書く必要はないのでそれはむろんしませんし、だいいちできませんが、デメリットもいろいろあるわけです。
出来上がった写真は一見デジタルカメラ特有の美しさがあるものですが、よく見れば味わいがなく、非常に無機質な写真になってしまうなどの、人の情感に迫る要素が減ってしまったというのが一番の問題のようでもあります。
そして写真を昔のように大切にせず、使い捨ての記録資料といった扱いをするようになったということが自分を含めてあるような気がします。

フィルムカメラの時代なら最大でも36枚撮りのフィルムを購入装着して、撮り終えれば、それを現像に出すなど、一連の面倒で時間のかかる手続きがあり、今から考えるととても手間暇をかけていたことは間違いありません。
しかし、出来上がった写真は、大げさにいうならささやかな作品でもあり、アルバムに整理するなどして何度も見る楽しみがありました。
シャッターを押すにも失敗をしないよう、集中と極力良い写真を撮ろうという熱意がありました。
海外に行く際などは、36枚撮りフィルムを何十本も準備して、それこそ何度街角や景勝地で歩を止めてせっせとフィルム交換したかわかりません。

ところがデジタルカメラになってからというもの、そういう煩雑さから一気に解放され、一枚のSDカードでも容量や設定によっては1000枚単位の写真が撮れるし、失敗すれば消去すればいいしで、だんだんと写真に対する価値の置き方が雑なものへと自分でも変化しているのは紛れもない事実です。
しかもはじめの頃は、それでもせっせとプリントすることに精を出して、ネットで注文などしていたものですが、だんだんにそれすらも億劫になりました。
そのきっかけとなったのは、デジタルカメラだからこそ撮ったどうでもいいような写真が山のようにあり、その中からプリントすべき写真をセレクトするという作業が面倒になってきたことでした。

そのうち、これらの写真は「いつでも見ることだできる」という前提のもと、パソコンのハードディスクやDVDに保存するようになり、いちおう安心した気になります。

ところが、パソコンやDVDに保存された写真をわざわざ開いて見るということが、なにか特別な必要がある場合を除いてあるかといえば、これはまったくありません。
プリントした写真なら、アルバムにしておけば、機会があれば友人知人に見せたり、なにかの折にまた自分も見たりというふうに繰り返し見て楽しむことがありましたが、紙に焼かない写真というものは、まず情緒的にも見る気にならない人が大多数だろうと思います。

こうしてマロニエ君の場合、デジタルカメラへの移行により、結局は写真というものの情緒や楽しみがひとつきれいになくなってしまったという、なんともつまらない結果だけが残ったように思います。
2011/02/09 Wed. 01:41 | trackback: 0 | comment: 0edit

アナログカメラ 

昨日は古い友人達と会って久々にお茶をしました。

とくに、そのうちの一人はカメラにも詳しく、昔からマロニエ君はカメラを買うときとか、撮影の方法など、わからないことやアドバイスが欲しい場合は決まってこの友人からいろいろな助言を得ていましたが、久々にカメラの話になりました。

とはいっても、マロニエ君はべつにカメラに特段の執着があるわけではなく、できる範囲で、可能な限りきれいな写真を撮れるものなら撮りたいという思うぐらいですが、彼の豊富な情報や経験はどれだけ役に立ったかわかりません。

デジタルカメラが登場する以前は当然ながらフィルムの時代でしたから、個々のカメラの性能差やメーカーのごとの考え方や特徴はもちろんのこと、フィルムにまで徹底的にその特性やコストパフォーマンスを求める彼の姿勢は大いに参考になったものです。

それぞれのフィルムにも描写力や発色などの大きな違いがあるし、撮影者の技量やセンス、絵心などが問われる、非常に深い世界ではありました。マロニエ君もその入り口付近ぐらいでウロウロしていたことを思い出しますが、もちろん、決して中には入る勇気も能力もありませんでした。
中の人達から、適宜都合のいい簡単な情報だけをちょろっともらって、自分の写真撮影に役立てていたというちゃっかり屋とでもいいましょうか。

ずいぶん昔だったような気もしますが、よく考えてみればフィルムカメラの終焉からまだ10年ぐらいでしょうから、せいぜいそれより数年前の頃の話です。
当時、とくに流行ったのは、コンタックスというドイツのコンパクトカメラ(生産は京セラ)で、これにはかの有名なカール・ツァイスのレンズを搭載している点、さらにはいかにもドイツ的な機能性に裏付けられた無駄のない美しいデザインと、コンパクトカメラのくせにドイツ的な質感の高さを醸し出す雰囲気が魅力でした。

一時は仲間内でこれが大変なブームが起こり、車のクラブミーティングなどに行くと、このコンタックスカメラが手に手にズラリと揃ったものです。高性能な日本製カメラとはひと味違う、非常にマニア心をくすぐる名器で、価格も堂クラスの日本製コンパクトカメラに較べるとずいぶん高価でしたが、それを補って余りあるその巧緻で高い描写性は、他の日本製の普及品カメラにはない独自の世界を持っていたように思います。
ひとくちに言えばコンタックスで撮影した写真には、そこはかとない気品のようなものが漂っていました。

マロニエ君も都合3台のコンタックスを使い続け、今も抽斗の奥に1台ありますが、デジタルカメラの到来と共に、使用頻度がめっきり減り、今ではまったく使わなくなりました。

昔はといえば、このコンタックスを携帯用として使いながら、ここぞと言うときにはニコンやキャノンの思い一眼レフカメラを携え、更に重い望遠レンズなどまで一緒に持ち歩くという考えられないような重装備で、今思えばずいぶんと熱心に写真を撮っていたように思いますし、それだけのガッツが自分にあったことがなつかしい気がします。

デジタルカメラの出現はユーザーに劇的な利便性をもたらしてくれましたが、人間というものは(少なくともマロニエ君は)元来怠惰な生き物なので、デジタルカメラが運んできた手軽さが身に付くと、気がついたときには手軽さを手に入れたこととひきかえに、写真を撮ろうとする情熱そのものまでが次第に醒めていきました。
論理的には、はるかに便利になったその環境では、そのぶんさらに写真を撮ることにのみ自分のエネルギーを投入していればいいようなものですが、事実はまったく逆で、写真への熱意それ自体が潮が引くように失われ、必要以外さっぱり撮らなくなってしまうという事実に自分でもがっかりしてしまいます。

やはり、昔のあのフィルムを使ったカメラで写真を撮り、現像しプリントを手にするまでの、なんとも時間と手間暇のかかるその過程の中に、いろんな説明のつかない味わいや魅力が詰まっていたということかもしれません。
これはカメラだけでなく、いろんな事に同様の現象が起きている気がします。
2011/02/08 Tue. 01:42 | trackback: 0 | comment: 0edit

アマチュアコンサート 

土曜日は珍しいものに行ってきました。
現在所属するピアノサークルのリーダーを含む3人が、たまたま同じ大手楽器店の音楽教室に通っているのですが、そこのメンバーズ・コンサートというのがあるというので、聴きに行ったのです。
おまけに、我らがリーダーには素敵なお相手らしき人が現れ、さらにはこの日は彼の誕生日でもあったというのですから、なんだか出来過ぎといった趣でしたが、ともかく結構ずくめなことです。

会場はアクロスの円形ホールで、実はマロニエ君はここはなぜかこれまで入ったことがなかったので、どんなところか中を見てみるのも楽しみのひとつでした。

出演者はリハーサルなどでずいぶん前から会場にいるとのことで、開演1時間前に行ってみると、あたりは関係者ですでにガヤガヤと賑わっており、出演者一同で記念撮影などがありましたが、ざっと見渡しただけでも実にいろんな方がおられて、これはまたピアノサークルとはだいぶ違うなあ…というのが率直な印象でした。

大手楽器店の主催で、素人の運営ではないのはわかりますが、演奏するのは教室の生徒、すなわちお店のお客さんであり素人であるにもかかわらず、きちんと入場料が設定されているのはいささか驚きでした。
まあ、大半は場所代や経費に消えていくんでしょうけれども。

ロビーで雑談などしていると、次々にサークルの人がニヤニヤしながら現れたのにはお互いびっくり。
最終的に6人ものピアノサークルメンバーが任意で応援に駆けつけたわけで、つい先日、定例会で顔を合わせたばかりの人達と、また思いがけなく顔を合わせることができました。
まあそれだけみんな親しくなっているということでもあり、このようなサークル以外の場所で会ってみると、すでに内輪の感覚を覚えるようになっていることは、なんとも温かい嬉しい感じがするものです。

コンサートは、ピアノだけではなく、サックスあり、ヴァイオリンあり、弾き語りありと実に様々な老若男女が出てきては、それぞれの練習成果を発表していました。
演奏はピアノサークルとはまた違う雰囲気で、はじめはやたらと圧倒されっぱなしでしたが、終わってみればなかなかおもしろい愉快なコンサートでもありました。

いまさらですが、音楽というものが文学や美術と根本的に違うのは、泣いても笑っても、その日その場所その時間に演奏しなくてはいけない一発勝負の世界であるという点で、これはプロもアマチュアも同様ですね。
家でいくら上手くできたなどといっても通用しないのは、音楽だけがもつ厳しい部分ですが、もしかするとその危うさも音楽の不思議な魅力なのかもしれません。

そういう一過性という意味においては、音楽の演奏はスポーツと共通しているかもしれませんね。
一回の発表に向けて、日々の練習を積み重ね、しかもその結果はもしかすると失敗に終わるかもしれないという危険性を孕み、興味のない人から見ればひじょうにばかばかしいような、無駄にも思えるような事を熱心に、せっせとエネルギーをかけてやるということ。
こういうことは、実は人間にとっては非常に大切な、精神的にも実り多い事のような気がします。

今はハイテクのお陰で多くの事が気軽にできてしまう時代になりましたが、そんな中で、楽器演奏の練習ほどローテクの極致みたいなものはないような気もします。
今のような時代だからこそ、敢えてそういうことにかかわるということは、なかなかよい人生修行にもなるのかもしれません。

帰りは毎度お馴染みの食事会となり、さらにお約束の二次会へとなだれ込み、帰宅したのもまたしてもトホホな真夜中でした。
べつに音楽談義をするでもなく、もっぱらくだらないことばかりワアワア言い合っているだけですが、そういうピアノの仲間ができたということはなによりも嬉しいことです。決してきれい事ではなくて。

ちなみに、アクロスの円形ホールは、ちょっとホールと呼べるようなものではなく期待はずれでした。
アクロスに最も欠けているのは、シンフォニーホールとの大きすぎる隙間を埋めるような、使い勝手のよい小ホールを作らなかったことではないか?という気がしますが…。
2011/02/07 Mon. 01:46 | trackback: 0 | comment: 0edit

トーク付きコンサート 

トーク付きコンサートって、あれは要するに何なのだろう…と思います。

現在、よほどの著名演奏家のコンサートでもない限り、ピアノリサイタルなどでは演奏者自身によるトークを交えてのコンサートというスタイルが、かなり定着している感があります。

ピアノリサイタルという形式に、どうあるのが正しいという明確な答えを出すのは簡単なことではないかもしれませんが、少なくとも近年のピアノリサイタルのスタイルの原型を創り出したのは、あのリストだとされています。
大昔のことは知りませんが、少なくとも記憶にある限りにおいて、従来の最もオーソドックスなスタイルは、演奏者は開演時間になるとステージに登場し、客席に礼をした後、決められたプログラムを演奏することに専念。聴衆はその演奏を見て聴いて楽しみ、終われば拍手を送る。
曲目はあらかじめプログラムとして発表され、仮に未定であっても当日には発表され、それを記した紙が聴衆の手許にあり、それを順に演奏していくというものです。
そしてリサイタルのはじめから終わりまで、演奏者が声を出すことは一切ありません。

唯一の例外は、アンコールに際してのみ、プログラムにない曲目であるために、ピアニストが弾きはじめる直前にごく簡単に短く曲名を口にして直ちに演奏に入るか、人によってはなにも言わずにいきなり弾きはじめるという場合も珍しくはありません。
演奏者と聴衆を結ぶものは、紡ぎ出される音楽と、拍手とお辞儀や所作と表情だけです。
これが少なくともマロニエ君が、子供のころから最も親しんだピアノリサイタルの形であって、むかしは演奏者自身が客席へ向けて話をするなど考えもつきませんでしたし、おそらくそんなことは作法に反する事という認識も演奏者/聴衆のいずれの意識の中にもあったのではないかと思われます。

それがここ、10年か20年か定かではありませんが、トーク付きのコンサートというのが年々勢力を伸ばして、近ごろではほとんど常態化さえしているという印象です。
とりわけ、日本人のローカルなピアニストほど、これが必要とされているかに見えますから、トーク付きコンサートをする人は、自ら自分の地位の低さを認めているかのようでもあります。

それは裏を返せば、演奏だけではお客さんを満足させられないか、あるいは普段コンサートなどには行かないような人までを縁故で動員しているので、できるだけ何かトークなどを交えて言葉でもサービスしたほうがいいという判断が働いているのだろうと思います。

いずれにしろ、そのトークというのにもずいぶん接しましたが、そのつまらなさ/くだらなさといったらといったらありません。
トークといっても、では何か聞いていて面白い興味深い話をするのではなく、ほとんどが愚にも付かないような演奏曲目の表面的な解説のようなことだけに終わります。
要するにほとんど何も内容がなく、いちおうトークもしましたといった程度のものでしかないし、当然ながら話のプロではないから、しゃべりも下手だし、マロニエ君はあんなものは百害あって一利なしとしか思えません。
あれだったら、いっそコンサートの始めと終わりに、お客さんへ御礼の挨拶だけをキッチリしたほうがよほど涼やかだと思いますが。

トーク付きで本当にお客さんを楽しませるとなれば、それなりの優れた企画や台本が必要で、決して甘いものではない筈です。
たとえばテレビの題名のない音楽会のようなものになれば、好き嫌いは別としても、いちおうトークと音楽の関係や意味というのはあると思えます。
そうそう、もうひとつ思い出すのはグルダのコンサートは異色のトーク付きでしたが、もちろん何事にも型破りな彼は、そのトークも個性的なら演奏も超一流。すべてが並のものではありませんでした。
2011/02/06 Sun. 02:28 | trackback: 0 | comment: 0edit

フィールドのピアノ協奏曲 

最近、初めてジョン・フィールドのピアノ協奏曲というのを聴きました。
実際にコンサートで演奏されることはマロニエ君の知る限りではありませんし、録音もまずめったに目にすることはありません。

ジョン・フィールドといえばショパンよりも先にノクターンを作曲したことで知られていますが、マロニエ君もノクターン以外の作品は聴いたことがありませんでした。
ピアノのノクターンというジャンルの創始者であるフィールドは、その一点でも音楽歴史上にその名が残る作曲家ということになるでしょう。

彼はショパンよりも28歳年長のアイルランド人でピアニストでもあり、クレメンティに学んだとありますが、残された作品は多くはないものの、大半がピアノ曲という点もショパンに共通するところでしょうか。
ところがピアノ協奏曲は実に7曲も書いており、ちょうど良いCDを見つけたのでものは試しということで購入したわけです。
4枚セットのピアノ協奏曲全集で、7曲の協奏曲を番号順に聴いていきました。

ところが感想を言うとなると、ぐっと言葉に詰まってしまうような、そんな作品でした。
曲調はどれも軽やかで親しみやすい旋律で、彼のノクターンに通じる旋律の特徴や和声の流れが見て取れますが、そんなことよりも「これはどういう音楽なのだろう…」というのが一番正直な印象です。
第1番以外は19世紀初頭の20年間に書かれていて、当時の社会の音楽に対する価値やニーズがどのようなものであったか、詳しいことはわかりませんが、なんとなくその時代、すなわち産業革命以降の市民社会の勃興という時期にうまくはまった、娯楽音楽のような気もするわけです。
ピアノ協奏曲というわりには、ピアノの書法もこれといった革新性や挑戦的なものはなく、技巧的なものでもさらになく、オーケストラをバックにいつもキラキラとピアノの音がしていて、今風に言うなら癒し系というか、なんだか昔の少女趣味的世界を連想するようでした。

それでも、ところどころに見られる独特のピアノの輝きは、おそらくそれまでには存在しなかった種類のもので、この分野の大天才であるショパンの到来をフィールドが地ならしして待っている、いかにもそんな時代の気配が聞こえるてくるようでした。

音楽といえばドイツ音楽偏重で、まだベートーヴェンが生きていて作品も中期から後期へ移ろうとしていて、いよいよ音楽を形而上学的芸術たるべく執着し、こだわり続けていた、そんな時代へのアンチテーゼのごとく、なんともあっけらかんとした娯楽的音楽だったのかもしれません。
正直いって真の深みとか芸術性といったものはあまり感じられませんが、どこかチャイコフスキーが登場する以前のバレエ音楽のようでもあり、フィールドはロシアなどでも高い人気を誇ったようでもあり、これはこれでひとつの時代の中で存在価値がじゅうぶんにあったような気がします。

とくにショパンに対しては、かなり作曲のヒントを与えた作曲家のように直感的に感じられましたので、もしそうだとするならば、その点は非常に重要な役割を果たした人だという気がしました。
どんな偉業であっても、もとを正せばこの人なしではあり得なかったという事例がありますから。

もしこの想像がまちがっているなら、ショパン大先生には申し訳ない限りですが。
2011/02/05 Sat. 02:15 | trackback: 0 | comment: 0edit

エレベーター 

声に出しては言えないけれども、本心では文句を言ってやりたいことってあるものです。

例えばデパートや商業施設のエレベーターで、地下から4階や5階に行こうと乗っているとき、まず大抵1階は誰かが外からボタンを押しているので止まることが多いものです。
そのときに1階から乗ってきた人が、いきなり2階のボタンを押したりすると、内心ムッときてしまいます。とくに急いでいるときはそうなってしまいます。
もちろん状況によりますが、エスカレーターなどがふんだんにある環境にもかかわらず、こういう人って必ずいるものですが、何を考えているのか…おそらく何も考えていないのでしょう。

こっちも勝手かもしれませんが、こういう人のために1階に止まりこの人を乗せ、そしてまた2階に止まってこの人を降ろすという一連の時間というか、その経過が、性格的にイライラしてしまうのです。

あるいはビルやデパートなどの最上階あたりから降下中、途中に停止して一人が乗ってきたかと思うと、そのわずか1階か2階下で平然と降りてしまう。
だったらわざわざエレベーターを止めなくても、エスカレーターや階段を使ったほうが自分だって楽だろうに…と心の中で思ってしまいます。
もちろん体の不自由な人などは、まったくその限りではありませんが、だいたいポカッと口を開けたままのおばさんとか、自分のことにしか興味がなくやたらツンツンした女性などがよくこういうエレベーターの使い方をしてくださいます。

最近ひどかったのは、駐車場に向かう小さなエレベーターでのこと。
すでに地下2階から3〜4人乗っているところへ、1階から6〜7人のおばさま連が荷物とともにダダッと乗り込んできました。
その乗り方には他者に対する配慮も遠慮もまったくなしの、まさにドヤドヤという感じでした。
ところがあまりに勢いがあるので、先に乗っていた人の1人が押し倒されそうになり、他の人に抱き留められてあわや転倒は免れました。

それにお詫びをする風でもなく、体を張ってぎゅうぎゅうに詰めるだけ詰めて、そのたびにエレベーターはさも苦痛げにユサユサと揺れています。
1階から乗るつもりだったらしい他の人達はついに1人も乗ることができないまま、満員状態でドアはかろうじて閉まりました。まわりは無言、ガヤガヤといっているのはこのおばさん達だけです。

こんな調子だから乗り込むだけでもかなりの時間を要しました。
そんなわけでついに動き出したエレベーターでしたが、なんと、いきなり2階で停止。
それっとばかりにぎゅうぎゅうのおばさん達は全員降りてしまい、あとは虚しいまでにガラガラになってしまいました。

あまりのことに1人が「エスカレーター使えばいいのに…」と小さな声で言ったとたん、残りの数人は苦笑いしながら深く頷きました。
現代は若い人の礼儀ばかりが言われますが、年輩者の礼儀もなかなかのものです。
2011/02/04 Fri. 01:11 | trackback: 0 | comment: 0edit

白石光隆 

白石光隆さんというピアニストをご存じでしょうか?

今年の初め、CDを店頭で物色中に、なんとなく手に触れた一枚のCDが妙に興味を惹きました。
言葉で説明するのは甚だ難しいのですが、決して派手なジャケットでもないし、そこにあるのは地味な日本人中年男性の姿。とくにどうということもないのに、なにか気にかかるものがあり、ずいぶん迷った挙げ句に購入しました。
例のマロニエ君のCDギャンブルですが、これが新年いきなりの大当たりとなりました。

内容はベートーヴェンのソナタ集で、悲愴、13番、月光、熱情というものですが、これがなんと、とてつもなく素晴らしいピアニストだったのです。
まあ、とにかく群を抜いて上手いし、しかも音楽的にも素晴らしく、解釈も見事、まさに目からウロコでした。
このCDを聞く限りでは、ベートーヴェンとしては間違いなく世界のトップレベルで、なんのハンディもなしにポリーニなどと直接比較すべき質の高さでした。

しかもただ指が上手いというだけならアムランのようなピアニストもいますが、白石氏がすごいのは作品の構築性と音楽の燃焼感がこれ以上ないという高い接点で結びついているという点でしょうか。
壮年の男性ピニストらしい、まったく乱れのない安定しきった目の醒めるような技巧と、音楽作りを統括する抜群の知性とセンスの良さ、さらには演奏そのものに吹き込まれた生命感にはただもう圧倒され、魂を鷲づかみにされたようでした。

テクニックだけでも並のものではないので、楽器や作品と格闘する必要がなく、楽にピアノを弾いているから適材適所の真っ当な表現が可能となっているようです。
精密でムラのない余裕のある確かなタッチは、きわめて知的な構成の上に闊達に音楽を描いていくことを可能とし、ものすごい迫真性と燃焼感が自在に繰り広げられる様は圧巻という他ありません。

現代の日本の有名ピアニストを見ていると、大半はなんらかの要素でもって現代の商業主義にうまく手を結び、結果その波に乗れた人達であって、残念ながら本当の芸術活動に身を捧げているような人は見あたりません。
少なくとも我々の目に触れるのは、大半がそんな人達ばかりですから、もう本物のピアニスト、本物の音楽家はいなくなってしまったのかと悲観的に考えてしまいます。

しかし、この白石さんのような超弩級の人が、その持てる能力にははるかに見合わないような地味な活動をして、あとは芸大の講師などをしながら存在しているというのは、なんというもったいない事実でしょう。
以前、エネスコのソナタなどで感銘を受けた藤原亜美さんなどもそうですが、こういう「本物」が実は日本の中にちゃんと存在し棲息しているということは、考えただけでも誇らしい嬉しいことです。

今どきの売れっ子になるということは、CDやコンサートのチケットなどの売れ行きがその人の実力のバロメーターとされてしまっていますし、そもそも売れっ子という言葉そのものが商業主義を前提としたものでしょう。ポピュラー系の音楽も、ヒットチャートなどという悪習が蔓延して、それだけが価値のようにされると、本当の音楽家/芸術家はとてもじゃありませんがそんな売り上げの過当競争の中になど参加できるはずがないのです。

いまやゴルフやテニスでも、純粋な試合成績ではなく、賞金ランキングがその人の地位を決するというあまりにも露骨な時代ですから、なんでもが推して知るべしなのでしょうけれども。
本物の芸術家が本当に正しく評価されるような時代があるとすれば、それは経済の繁栄とは真逆のところにあるのかもしれません。
2011/02/03 Thu. 01:53 | trackback: 0 | comment: 0edit

新燃岳の噴火 

連日の報道によると、このところの霧島の新燃岳の噴火は大変なもののようですね。
昨日もまた大きな噴火があったようで付近のみなさんの不自由と不安はたいへんなものでしょう。

今のところは一向に収まる気配も見えず、テレビで観る映像からは激しく噴煙が立ち上るその姿は、まるでおそろしい怒りの姿そのもののようでゾッとしてしまいます。
桜島の噴火というのは昔からよく見聞きすることでしたが、霧島にもこんな猛々しい火山の一面があるとは実はあまり知りませんでした。

九州は他に阿蘇や雲仙などもあって、ようは火山地帯ということなのでしょうが、福岡には火山とよばれるものがひとつもないためにどこか緊張がないというか、自然に対する厳しい気構えとというものが自分を含めていささか薄いような気がします。

福岡で自然災害といってまっ先に思い出すのは、6年前の福岡県西方沖地震ぐらいのもので、あとはたまに水の被害が起こるぐらいでしょうか。

さて、新燃岳の噴火ですが、ついに火砕流の心配が出てきたとかで、麓の高原町(たかはる)の住民のおよそ500世帯ほどに、避難勧告が出され、避難所に多くの人が集まっている映像が流れるに及んで、昔からの知り合いがそこに住んでいるので気に掛かり、とうとう電話してみました。
幸いにも彼の家族はみんな今のところ無事らしいので安心しましたが、なんと自宅のすぐ前が避難所なのでまだ自分達は避難していないと言っていました。
「収まるのを待つしかない…」と言っていたにもかかわらず、昨日はさらに新たな噴火によって警戒地域が半径3kmから4kmへ拡大されて、いまだに収束のめどは立っていないようです。

ただ、電話で聞いてやはりすごいもんだと思ったのは、まるでメリケン粉のように細かい粉塵が際限もなく降ってくるのだそうで、そうなるとどんなところにでも入り込んでしまい、その被害は並大抵のものではないということでした。
テレビのニュースでも、牛の生産者の人が、ようやく口蹄疫の被害から立ち直りつつあったその矢先に今度は新燃岳の噴火という災難が飛び込んできて、もうどうしたらいいかわからないと悲痛な訴えをしていました。この人も避難所から牛舎へ世話をしに通っているそうですが、牛の毛の間にも灰燼が降り積もっているそうでしたし、当然ながら一帯は洗濯物も干せないようで、コインランドリーの乾燥機はフル回転でも追いつかないようです。

ただ、ある専門家の意見によると、このような自然災害を目の前にすればそれはもちろん大変だけれども、大局的専門的に見れば地球は絶えずそういうことを繰り返しながら今日に至っているのだそうで、あくまで自然で普通のことなのだそうです。

なるほどとは思いますが、地元の人にしてみれば、ああそうですか…というわけにもいきません。

北の雪の被害も死者が次々に出るほど大変なようですが、灰も大変です。
学生時代を鹿児島で過ごした友人によれば、桜島の灰だけでも普段から大変なものらしく、マロニエ君のように車を過剰に大事にするような人には、とうてい耐えられないだろうと言われていました。

マロニエ君の自宅前は昨年、マンションの建設工事で一年以上にわたり音や振動やホコリの被害にさらされましたが、いやはや、そんな甘いものではないようで、上には上があるということですね。
2011/02/02 Wed. 01:27 | trackback: 0 | comment: 0edit

メキシコから 

すこし前の新聞によるとメキシコ在住のヴァイオリニスト黒沼ユリ子(70)さんは、今から30年前ほど前にメキシコ市で弦楽器専門の音楽院「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」を設立されたそうです。
きっかけはプラハに留学中にメキシコ人のご主人と知り合い、それでメキシコに定住することになったことだそうです。

はじめは細々とはじめた音楽院も、現在では教師と生徒あわせて100人近い規模にまで成長し、それでも希望者が多くて断腸の思いで断っているとか。
そのインタビュー記事の中に良い言葉が紹介されていました。
黒沼さんが大好きなメキシコの格言だそうで『悪いことは良いことのためにしかやってこない』。
これは難問は次々に起きるが、改善するために克服しようという、不屈の精神がメキシコにはあるのだそうです。

たしかに、人間には悪いことが次々に降りかかってくるものなので、人生には難問難題ほうがずっと多いような気がするものです。だから、こういう言葉を念頭に置いておくことで、少しは前向きになって明るく元気な方向をわずかなりとも向いてみようとすることができるかもしれません。
マロニエ君もよーく覚えておこうと思いました。

さらに、黒沼さんの日本の音楽教育についての意見には感銘を受けました。
『課題曲を正しく弾くことに集中するあまり、音楽の基本を忘れていないかと危惧する。音符を音にするのが音楽家ではない。それなら機械でもできる。体をかけ巡った音符をあふれ出させて音を出すのが真の音楽家だ。その人だけにしかしかできない、人間の顔をした音楽を奏でてほしい。』

なんと、これほど、演奏の本質と、現在の学生や演奏家が抱える根元的な問題を的確に無駄なく表現された言葉があるだろうかと思いました。まったくその通りだと深い共感を覚えました。

現代の演奏家や教育システムに対して、こういう危惧や印象というものは、多くの人の心の奥にはきっとあるのだと思いますが、それをこのような無駄のない簡潔な言葉に整理圧縮して表現するのはなかなかできるものではありません。
黒沼さんはヴァイオリニストですが、これはむろんヴァイオリンに限ったことではなく、すべての器楽奏者に対して、それは恐ろしいほどに当てはまるのだという気がします。

現代のめっぽう指の動く無数のピアニストと、昔の秀でた数少ないピアニストとの決定的な違いはそこにあるのだと思われます。すでに指の訓練方法などは行くところまで行った感がありますが、それでもなかなか真の音楽表現への道は開かれようとはしていないようです。
みんな口では「音楽性」「個性」「芸術性」が大切だなどと言いながら、結局やっていることは指の訓練と、レパートリーの拡大と、受験対策、コンクール対策であって、真に自分がこうだと信じる道を探求して歩んでいる人はほとんどいないか、よほどの少数派でしょう。

多くの人が大変な努力と厳しい修行を積み、さらに上を目指す練習に明け暮れているのだろうとは思いつつ、どうもそれはオリンピック出場/メダル獲得のトレーニングとほとんど同じスタンス、同じ精神構造という気がしてなりません。

ひとつには商業主義が真に芸術的な質の向上に価値観の主軸を置くことを許さず、さらには氾濫する情報によって信念もしくはそれに準ずるようなものが根を張りにくく、知らず知らずのうちに効率の良い最短の選択をするようになるのでしょう。
しかし、真の芸術家の仕事を生み出す畑は、決して賢くもなければ効率などというものとは無縁の世界であるはずです。ベートーヴェンの作品が、彼の苦悩と戦いと絶望の中から生まれてきたことを思えば、それは簡単にわかることだと思います。
しかし、だからといってわざわざ困難な苦しみに満ちた道を選ぼうとする人がいないことも現実ですね。
ひとつのテクニックを習得するのに三日かかる方法と一ヶ月かかる方法があれば、誰しも三日を選びます。しかし、一ヶ月の中でいろいろに得られた、一見余分ですぐには役に立たないもの、そういうものが芸術には必要な養分なのかもしれません。
2011/02/01 Tue. 01:37 | trackback: 0 | comment: 0edit