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ぴあのピアの徒然日記

福岡でピアノを楽しむサークル、ぴあのピアの日記です。コメントは機能していませんので、メールを頂けると助かります。

アンプがすごい 

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

お正月の過ごし方というのはさまざまで、マロニエ君はいつも通りだらだら過ごすだけ。

年末に、久しぶりに中華デジアンプの新しいのを買いました。
ふだん音楽を聴くのは深夜に集中できることもあり、自室で聴くのがいつのまにか自分のスタイルになりました。

自室でオーディオを鳴らす機材は、かなり苦労して作った筒型スピーカー、中華デジタルアンプ、ホームセンターで買ったDVDプレーヤーをCDプレーヤー代わりに使うという、およそ高級品とは真逆の寄せ集めなのですが、これが自分でいうのも何ですがなかなかに良い音で心地よく、いつか高級機を買いたいというような考えは微塵もありません。

階下のリビングには、タンノイやヤマハのNS-1000といったスピーカーに、アンプもン十年前に買ったヤマハの当時かなり高額だったアンプがあり、これはパワーアンプとコントロールアンプに分かれている、ひどく大げさなシロモノです。
パワーアンプに至ってはひとりで持ち上げようとすればまず腰を痛めてしまいそうなほど重く、ちょっと音を出すにもアンプだけで2箇所もスイッチを入れなくてはいけないなど、音が出るまでの手間も大変です。

昔はこういうもので喜々として聴いていましたが、だんだん流行らなくなったのはみなさんご承知の通り。
それでも聴いてみれば、音にはゆったりと余裕がありパワーがあって、これはこれで迫力のサウンドではありましたが、数年前からコントロールアンプの左右出力のバランスがおかしくなり、不調はあきらかでした。

修理に出そうにもいろいろなケーブルなんかがたくさん繋がっているし、外すのも面倒で、そんなこんなでいよいよ自室で聴くというスタイルへと傾いていったのです。
それから数年。
まあ、そのまま使わなければアンプはもちろん、ほとんど家具みたいなスピーカーもただの粗大ゴミとなるだけで、これが一番もったいないのだからやはり修理に出そうかと思いながら、ふと中華アンプのことが頭をよぎりました。

中華アンプは一般の電気店などでは売っていませんが、ネット上にはその専門店などもあり、その「安くて高性能」はすごいんです。
値段はれっきとしたアンプにもかかわらず数千円!が中心で、一万円を超えるものはめったにありません。

これまでに自作のスピーカー用として10台近く買いましたが、どれも呆れるばかりの高性能で、一度この味を覚えると、よほどのオーディオマニアか音の求道者でないかぎり「これでなんの文句があるの!」となってしまいます。
それでも以前は15~30Wぐらいのパワーのものが中心だったため、リビングのスピーカーには明らかに力不足で、すごい性能ではあるものの、所詮は小さいスピーカー用という認識になりました。

でもそれから数年は経っているし、あらためて調べてみると案の定ハイパワー仕様のものも多数出てきており、かといって価格はあいかわらずの低価格維持で、ものは試しと思って「160Wハイパワーデジタルアンプ」というのを購入しました。
ブランドはこの世界では定評あるFX-AUDIO。

どでかいヤマハのアンプからスピーカーコードなどを外して、筆箱ぐらいの小さなアンプに繋ぎます。
いっちょまえにゲイン調整などもついていますが、あまりにも小さくて軽いので、ちょっと触るだけでいちいち動いてしまうほど。

さて、いよいよ音を出してみたら「うわっ、なにこれ!」というほどビシッとした音がスピーカーから鳴り響きました。
強いて言えば音の柔らかさという点がイマイチかもしれないけれど、とにかくものすごいパワーでズンズン鳴るし、しかもクリアな音質。
こんなものがあれば、そりゃあ電気店のオーディオコーナーも年々縮小されるのもわかります。

ヤマハのアンプはン十年前にン十万円出して買ったもので、見た目も立派ですが、この小さな中華アンプはたったの5000円。
こんな安くてちっちゃなデジアンプでもエイジングは必要らしいので、しばらく鳴らしていたらどこまで成長するのか、もう恐ろしくさえなります。

まさかと思われる方は、「中華アンプ」「中華デジアンプ」で検索したらいろいろ出てきますので、ぜひお試しを。
ちなみにマロニエ君が今回買ったのは、いちおうこの世界で有名なFX-AUDIOのFX-98Eというモデルです。

いぜん、調律師の方にひとつ差し上げたら、やはりびっくり仰天で大喜びしていただきました。
あんまり良く鳴るので、今年はこちらでも音楽を聴く機会が増えそうです。

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2018/01/02 Tue. 02:34 | trackback: 0 | comment: -- | edit

これでいいのだ 

大型電気店といっても、昔のように純粋に音楽用のオーディオ売り場が堂々と店内に陣取っているわけではないのが当節で、むしろこれがない店舗のほうが多数派のようです。
とりあえずDALIの取り扱いのある店を調べ、聴いてみたいCDをいくつか選び、いざ出発。

ネットでずいぶん読んだのは高い評価がほとんどでしたから、さぁどれ程すばらしい音だろうかと期待を胸に売り場に行くと、危惧していた以上にそこは雑音と喧噪に満ちた環境で、早々に怖じ気づいてしまいました。

こんな中でスピーカーの微妙な特徴とか良し悪しがわかるとも思えなくなりましたが、さりとて他に試す場所があるわけでもありません。

せっかく足を運んだことでもあり、仕方がないのでとりあえず聴いてみるしかないと覚悟を決め、お店の人に来意を告げると、快く持参したCDを鳴らしてくれました。

壁一面には40種ほどの小型スピーカーがぎっしり並んでおり、目指すスピーカーの番号をボタンで押しました。…が、やはり周りの雑音がじゃまをしていまいち判断できません。
お店の人はすぐに立ち去りましたので、「あとはご自由に」ということだと解釈して、ボリュームも好き勝手に調整しながらあれこれのスピーカーを試しました。

たしかにDALIのスピーカーは相対的に悪くないとは思うけれど、スピーカーの判断基準などもわかりませんし、もっぱら自分の好みだけが頼りです。
その好みで云うと、わざわざ何万も出して買う価値があるだろうか…というのが率直な印象でした。(もちろんこの試聴環境の中では繊細さなど、伝わらなかった面も大いにあろうかとは思いますから断定はできませんが。)

もうひとつの理由は、どのスピーカーも通常の箱形スピーカーなので指向性があり、音がこっちめがけて向かってくるわけですが、無指向型に身体が慣れて、それがどうも嫌になってしまっている自分に、ようやくこのとき気がつきました。30分以上聴いたところでひとまずおいとますることに。

福岡には、なんでも全国のオーディオマニアの間で知られた有名店があるようで、なんと自宅から車で5分ほどの距離であること、さらに、そこではこのDALIにこの店独自のカスタマイズをしたスペシャル仕様まで販売していることも、ごく最近知りました。

価格もそれほどでもないので、いよいよとなればここに行ってみようかとも思いつつ、オーディオマニア御用達の店など、門外漢のマロニエ君には敷居が高くて入店するのはどうにも気が進みません。あげくにそれを中国製デジタルアンプとポータブルプレーヤーに繋ぐなんて云おうものならどんなことになるやら…と思うとさらに気が重くなります。

電気店の帰りに、このお店の前を車で通ってみると、見るからに一見さんお断り的な、用のない人は近づくことすら拒絶しているような雰囲気でした。建物の多くは分厚い壁に覆われていて、中の様子はまったく窺い知ることはできません。唯一、細長いガラス戸と灯りがあるのみ。少なくとも気軽に入れる店ではないことはわかりました。

…。
帰宅して、食事をして、自室に戻ってアンプをONにし、電気店であれこれのスピーカーで聴いたフーガの技法を自作のスピーカーを鳴らしてみると、やっぱり悪くないなぁというのが偽らざるところでした。
音質はともかく、やはり円筒形の無指向型スピーカーから出てくる、やさしい自然な音の広がりによる快適さは、極端にいうなら何時間でも聴いていられるもので、一度これを耳が覚えるとなかなか脱することはできないようです。

かくして、しばらくはまたこのスピーカーで音楽を聴いていくことになりそうです。

2014/06/13 Fri. 01:16 | trackback: 0 | comment: -- | edit

これでいいのか 

マロニエ君は人一倍音楽やピアノが好きなのに、オーディオにはさっぱり凝らないことは自分でも不思議ですが、興味が薄いものはしかたがありません。

メインのオーディオはずいぶん昔に買い揃えたもので、そのときに一応それなりのものを揃えて満足しており、それ以上、あれこれと手をかけようとも思いません。

それどころでないのが、もっぱら自室で聴いている装置です。
スピーカーは自作の円筒形スピーカーで、アンプは中国製のデジタルアンプ、CDプレーヤーに至っては長らくDVDプレーヤーを繋いで聴いていましたが、これがあまりの酷使で壊れてしまい、現在は丸いポータブルプレーヤーに変わっています。

まるでハチャメチャな取り合わせで、どんな酷い音かと思われそうですが、自分ではそれほど悪いとも思っていません。部屋の広さにも合っているし、ここで以前使っていたそこそこのヤマハのミニコンポよりも遥かに好ましい音だと勝手に思い、これに切り替えて既に2年ほどが経ちました。

メインの真っ当な装置で再生するのとは小さくない差があるものの、自分ではそれなりに気に入ってはいるので、これはこれで良しとしていましたが、最近はDALIなどのコストパフォーマンスに優れた評価の高いスピーカーがあるようで、これがちょっと気になりだしたのです。

それに、多くの音楽を聴くのが自作スピーカーとあっては、さすがに演奏者や製作者の方々にもなんだか申し訳ないような気がしないでもないし、一度ここらで一定の評価のあるスピーカーを揃えてみても良いだろうという考えが芽生えてきたのです。
スピーカーは直接音を出す機材で、ピアノでいえば響板に相当するところでしょうから、これが自作というのはそれなりに気に入っているなどとは云ってみても、やはり心もとないことも否定できません。

今はこれに耳が慣れているけれど、たまには同じ環境の中で普通のスピーカーを聴いて、感覚をリセットしておいたほうがいいような気がしてきたのです。
そのためにもDALIの高評価を得ているスピーカーあたりなら決して高いものではないし、いちおう買っておくことが意味のあることのようにも思われます。

DALIもいいけれど、その前に、とりあえず普通のスピーカーを一度聴いてみようと思いました。しかし、すでにヤマハのミニコンポは別所に移動してしまっていて、おいそれと元に戻すことはできなくなっています。

そこで、今は使っていないaiwaの小型スピーカーを引っぱりだしてひとまず繋いでみることにしました。しかしスピーカーコードなどは大掃除の折に処分してしまっており、やむを得ずホームセンターに行って切り売りのコードを買って来ました。

普通のコードでもそこそこのオーディオなら充分役立つし、むしろこちらを好むマニアの方もいらっしゃるようで、最近では商品タグにも「オーディオにも使用可能」ということが付記されています。なにより安いし、急場はこれに限ります。

というわけで久々に普通のスピーカーを鳴らしてみましたが、そこから出てきた音は、予想に反してとても耳に障る音質で、咄嗟に「これはお話にならない」と思いました。
昔ずいぶん使ったスピーカーであるだけに、こんなものを使っていたのかと思うと、昔の自分にゾッとするようで、もうその勢いでこのスピーカーを捨てたくなりました。

もっとも嫌悪した点は、音が耳の奥というか頭の中心に突き刺さってくるようで、これは聴くなり大変ショックでしたし、 さらにものの10分ぐらいで本当に頭が痛くなってくるようでした。

やはり変な事をせずに、さっさとDALIの人気モデルを試してみるしかないと、大型電気店に出向く決心がつきました。

─続く─

2014/06/11 Wed. 01:35 | trackback: 0 | comment: -- | edit

アンプの重要性 

スピーカーの音質調整は、カーペット上に置いていた足の部分に、ステンレス製バット→素焼きレンガ→タイルと3種類を台座として使ってみたところ、素焼きレンガ+タイルというところで最も好ましい音となり、これをもって終わりとする予定でしたが、ひとつだけ思い出したことがありました。

それはこのシステムでは安い中国製デジタルアンプを使っているのですが、いかにデジタルとはいってもメーカーごとにいろいろあって、自室で使っているものは最もその標準的なモデルとされるものでした。一時期いい気になって何台か購入して持っているのに、これをあれこれ試して比較してみるということはしていなかったのです。
とくに深い理由はなく、ただ面倒臭いからやっていなかったわけで、そのあたりがやっぱりにわかマニアはダメだなあと自分の無精を恥じ入るばかり。

そこで、最も交換してみたいひとつのアンプを思い出しました。
それはLepaiというメーカーで、数ある中国製デジタルアンプの中でも、実力はあるものの、見栄えがイマイチで、なんとなく物置の中にしまったままにしていたものですが、それを引っ張り出しました。

このLepaiのアンプは、複数の業者によってアマゾンなどでも売られていますが、マロニエ君が買ったのは日本のある販売会社が自社仕様として独自のパーツを組み込ませるなど、特別にチューニングされたという製品で、見た目はまったく同じものですが、内容はずいぶん磨きがかけられているというもの。
この会社は一部のマニア間ではかなり高い評価を得ているようです。

さっそくにそれに繋いでみると、なんと、これまでのアンプとはまったく違ったパワフルな鳴り方をしはじめたのにはただびっくり!「そうか、まずはアンプを試してみるべきだったんだ」とこの時悟りましたが、ともかくこれでグッと力強い音が鳴り始めました。
ちなみにワット数が大きいというようなことはほとんどなく、やはり肝心のものは慎重に選ばなくてはいけないということのようです。

アンプでこうも違うのかと思い、久しぶりにネットを見てみると、そのお店から同じ製品のさらなる進化型というか、最終型のようなものが発売されていました。このお店の商品は、みんなが狙っているアイテムは入荷したときにすみやかに買っておかないと、悠長に構えているとすぐに売り切れとなり、次はいつになるかまったくわからないことが何度かあり、その経験からすぐに注文してしまいました。

こうして数日後に届いた最新型は、やはりダサい外観はまったく何一つ変化ナシで、うっかりすると新旧どっちやらわからなくなるので、用心のために小さなシールを貼り付けて区別します。
果たしてその音ですが、一年前に買ったものとは明らかに違っていて、力強さはそのままに、やや荒削りなところのあった音は俄然クリアになり、とても同じものとは思えない進化を遂げていました。

前のモデルでも、巷の評価では数十万もするアンプに負けないというような評判もあったぐらいでしたが、今回のものは、いっそう緻密でクオリティの高い音になっていて、その価格を考えると、なんでこんなことが可能なのか、ほとんど信じられません。

説明によれば、さらなる改良が施され、同型では過去最高の音質を達成できたと謳われていますが、まったくその通りでした。同じピアノでも調整次第で別物になるというのと同じことなんだと思いました。
よい音というものは、楽器であれオーディオであれ、要するに緻密な研究や調整の積み重ねの先にはじめて存在し得るものだということがわかったような気がしています。

コストパフォーマンスでこれを凌駕するアンプはたぶんどこにもないだろうと思います。

2013/11/15 Fri. 01:31 | trackback: 0 | comment: -- | edit

音質調整その後 

スピーカーの音質改良で「試行錯誤のアリ地獄にはまるのはイヤなので」と書いた通り、あと一回だけのつもりで、表面が平滑なタイルを探していたところ、ある店でまさにドンピシャリのサイズのイタリア製タイルというのを見つけました。

イタリア製などと云うとさも特別なもののようですが、無地のなんということもないもので、価格も一枚100円ほどにすぎません。

これを素焼きレンガの上に置くつもりですが、レンガとタイルでは接触面が均一にならずに斑な点で接触してしまうことを避けるべく、柔軟性のある滑り止めシートを間に挟んで重ねました。
果たして結果は上々で、これまでで一番良い結果が出たように感じますが、かといって劇的変化といえるものでもなく、心もち変わったなぁ…ぐらいの変化ではありました。

これまでにやってみた経過としては、まずカーペットに直接置いていたときに較べて、ステンレス製バットを置くと音にやや明晰さが加わります。次いで素焼きレンガに換えると一転して音がかなりこもってしまいこれは大きな変化で、カーペット以上のこもりだったことに驚きました。
逆に云えば、素焼きレンガはかなり強力な吸音効果があるようで、これは防音対策などで上手く使えば有効かもしれません。

これはまずいというわけで、レンガの上に再びステンレス製バットを置くと、とりあえず以前の明晰さは復活します。
さらにステンレス製バットをタイルに換えてみると、明晰さという点では似たようなものですが、強いて云うなら音に落ち着きと重心が加わり、響きの安定感が増しました。

音質そのものはスピーカーが変わったわけではないのでそれほど変化するわけでもないのは当然ですが、やはり土台がしっかりしたぶん、響きに腰がすわったというか、例えばピアノなどでは、音そのものもさることながら、音が出た後にふわっと漂うホールの残響などに明瞭さがでたように感じます。

人間とはおかしなもので、こういうことをせっせとやっていると、わずかなことでも自分の労力が加わっているぶん、それを報われたいという思いが判断を甘くするのか、なにやら変わったような気がしてくるもので、多少の贔屓目ではあるかもしれません。
そういう意味では気のせいかもしれませんが、ま、これぞまさしく誰に迷惑をかけるわけでもなく、自分だけが楽しんでいることなので、結果的に自分が良いと思えるなら、思えるだけやった甲斐があるというものです。

着手するまでは腰が重いのですが、やってみると結構楽しく、音質を手ずから調整するなんてことは、この自作スピーカー以前はまったく未経験の分野だったのですが、オーディオマニアの楽しみの一端を垣間見ることができたようでした。
もちろんマロニエ君がやっていることなんぞ、達人達から見れば幼稚園以下のレベルのことでしょうけれども、それでも自分なりにおもしろいものです。


2013/10/15 Tue. 01:38 | trackback: 0 | comment: -- | edit

音質調整 

ひさしぶりに、自作の円筒形スピーカーの音質調整を思い立ちました。

製作当初よりもエージング(慣らし)が進み、だいぶ聴きやすくなってはきたものの、できればもう少し音の精密さというかクリア感のようなものが欲しくなり、そのあたりを少し改善できないだろうかと思ったわけです。
具体的には、スピーカーを置いている環境は床がカーペットなので、そこにもなんらかの影響があるのではないかと前々から少し感じていたのです。

円筒形スピーカーは直径約10cm、長さ1mのアルミ管が左右に二本、垂直に立っており、下部は直径約20cmの木製台座に固定され、さらにその台座は3本の足で支えられています。
台座には意図的に穴が開いていて、真下から覗けばスピーカーから長く伸びた鉄のロッドが吸音材に巻かれた状態で、むき出しになっています。この穴から、なんらかの音、低音や雑音など、それがなんであるかはよくわからないものの、ともかく下へ向かって常に放出されるものがあるだろうことは推察されます。
その真下がカーペットであることは、もしかしたら音質に不利に働いているような気がしたのですが、その判断も正しいかどうか、実のところよくわかりません(笑)。

で、まずはカーペットによる音の吸収を取り除くべく、100円ショップに行くと、ちょうどよいサイズのステンレス製バット(食材などをのせる台所用品)を発見。これを2つ買ってスピーカーの下に敷きました。
その結果は、ほんのわずかながら音がクリアになったような気がして、まあとりあえず210円の投資には見合う結果が得られたようで、ここでまず出だしは好調という感触を得ました。

さて、通常の箱形スピーカーの場合、音質アップの方策として、箱本体の下に硬く重いものを置いて、間にインシュレーターなどをあてがうとされているようです。これにより安定性が増すのか低音が豊かになり、全体もよりクリアな音が出るというような記述を読んだことがあります。この分野にはまったく知識も経験もないマロニエ君としては、とりあえずそのセオリーに従うことで改良してみようと思いました。とくにコンクリートブロックやレンガなどが、簡単で安く入手できるものとして重宝されているようでした。

そこで、改造第二弾として、そのコンクリートブロックやレンガを物色した結果、とあるホームセンターで厚さ2cm、一辺が20cmの正方形の素焼きのレンガというのがあり、まさにうってつけのサイズだったので、これを買ってきて、ステンレスのバットと入れ換えてスピーカーの下に敷きました。

ところが、期待に反して音が逆にこもったようになり、明らかに明晰さが失われているのは疑いようもありませんでした。エ、なんで??と思いましたが、よくよく考えてみれば、素焼きのレンガには無数の微細な穴があって、音を響かせるどころか、逆に吸収してしまうのではと思うと妙に納得。

通常の箱形スピーカーの場合は、下へ向けて音質に関わりのある何らかの流れがあるわけではないので、ただ単に重くて硬い土台の上に本体を置くことでボディの剛性がアップし、より本来の性能を引き出すということだろうと思われますが、円筒形スピーカーではそこに一種の反響特性のようなものが求められるような印象を持ちました。

現に、その素焼きブロックの上に、ステンレス製バットを重ねて置いてみると、またもとのフィールが戻ってきました。でも、たかだか100円ショップで売ってるペラペラのステンレスでは効果も心もとないので、今度はタイルなどで挑戦してみようと思いつきました。
ただし、またこうして試行錯誤のアリ地獄にはまるのはイヤなので、結果がどうであれ、次のタイルで終わりにしようと思います。


2013/10/07 Mon. 02:32 | trackback: 0 | comment: -- | edit

気がつけば寄せ集め 

自作の円筒形スピーカーが、知らぬ間に熟成されて好ましく変化してくれていたのは、まったく予想外のことで、思いがけない贈り物をもらったような嬉しさがありました。

とくに、失敗作だという認識でそれ以上の調整を一切放棄し、さらには目につかないところへ放逐してしまった後の変化だったので、オーディオとはこんな一面があるのかということを認識させられる良いチャンスにもなったのは事実です。手の平を返したように殊勝めいたを言うようですが、この自作スピーカーは、情報収集から材料の調達、組み立て、チューニングにいたるさまざまな過程を経験させられ、音に関する実に多くのことを勉強させてくれたのは間違いありません。

とりわけスピーカーというものがボリュームやパワーでなく、響きそのものが作り出す音響や分離、ダイナミクスのバランス、その他もろもろの要素やそれらの均衡がいかに大切かということも良くわかりましたし、プレーヤーのこと、アンプのことなど、周辺の事情も含めてマロニエ君の無知な部分を一気に埋めることができました。
とはいえ、今だって多くはなにも知らない穴ぼこだらけで、無知なことに変わりはありませんが、それでも知らずに終わっていたであろうことを、いろいろと経験的に知り得たのは素直に収穫だったと思います。

もともと音楽は好きでも、オーディオにはほとんど関心のなかったマロニエ君は、オーディオ装置は何でも良いと云えばウソになりますが、そこそこ好みのいい音が出てくれさえすれば、あとはもっぱらCDを買い漁るほうが主眼で、少しでも良いオーディオ装置に投資しようという考えがまるで欠落していたように思います。

それでも1階のピアノのある部屋には、わからないながらも一応それなりのオーディオ装置を置いてはいますが、それもずいぶん昔買ったもので、とくに満足もなければ不満もないというクチでした。さらに自室のオーディオに至ってはヤマハの中級のコンポのセットで、これを疑いもなく使い続けて、そこからいろいろな音楽や演奏を楽しんでいたのですが、それをどうこうしようという意志も意欲もなく、根底にはオーディオは電気製品という感覚があったのかもしれません。

そんなマロニエ君のオーディオ生活にトラックが飛び込んできたような一大事件が起こったのが、我が家のピアノの主治医のお一人である技術者さんが、Yoshii9なる未知のスピーカーセットをわざわざ持参して聴かせてくださったことでした。
目からウロコとはこのことで、従来とはまったく違ったナチュラルな音の広がりで聴かせるこのミサイルみたいな形をしたスピーカはまさにマロニエ君にとってのオーディオ上のカルチャーショックでした。
演奏者が今まさに目の前で演奏しているような、その自然さそのものがもたらす美しい音は、これまでのハイパワーアンプとそれを受け止めるスピーカーによって豪快に鳴らすことを良しとしていた価値観を、根底からひっくり返すものだったのです。

Yoshii9をすんなり買えればなんのことはなかったわけですが、少々お高いこともあってなかなか手が出ず、その代用の意味もあって自作スピーカーへの道を進むことになりました。その過程で驚くばかりに高性能かつ低価格の中国製デジタルアンプの存在も知ることにもなり、さらには優れたスピーカーコードとは何か、好ましいCDプレーヤとは何かといった、個別の要素の真相などを正に一から教えられることにもなりました。

わざわざ仕組んだわけではありませんが、現在のマロニエ君の自室のオーディオは、いつの間にか(ほんとうにいつの間にか!)ヤマハのコンポはすべて姿を消していて、代わりに自作のスピーカー、中国製デジタルアンプ、そして過日書いた記憶のあるDVDプレーヤーの「3本の矢」で構成されていますが、こんな一見めちゃくちゃな、なんの一貫性もない装置の寄せ集めによって、結果的に従来よりもはるかにクオリティの高い、聴いていて楽しい音響空間になったのですから、いやはや自分でも驚くしかありません。

2013/06/17 Mon. 02:08 | trackback: 0 | comment: 0edit

それから 

「それから」なんて漱石の小説のようですが、ぜんぜん別の話です。

昨年はひょんなことから筒状の無指向性スピーカーの魅力に取り憑かれ、知人にいくつも自作して楽しんでいる趣味人がいたことも後押しとなり、これまで自分でスピーカー作るなど考えたことさえなかったにもかかわらず、マロニエ君としてはなんとも無謀な挑戦をしてみることになりました。

その顛末は何度も書いていますから、ここでは繰り返しませんが、その間の、とくに2ヶ月ぐらいは一途にこれに熱中、ピアノにもほとんど触れず、毎夜そのための制作と情報収集に励んでいました。

我ながら、仕事や勉強もこれぐらいやれたら…と思うほどの熱の入れようで、使用するスピーカーユニットの選定はじめ、あらゆるものに拘り、時間の許す限りその方策と調達などにエネルギーを注ぎ込んでいました。
この時期はまさにスピーカー制作一筋でしたが、とくにスピーカーがまずは形を成し、音の調整をするようになってからが大変で、集中すべき次元がガラリと変わり、目指す音へ少しでも近づけるべく試行錯誤の繰り返しに明け暮れました。わずかの変化や効果を狙って、なんど分解と組立を繰り返したかしれません。

その結果、ある一定のところ(レベルは低いですが)まではなんとか到達できたものの、同時に超えがたい限界をも感じました。所詮はシロウトの手すさびというべきで、冷静に考えれば、ものの道理から云っても初作からいきなり満足できるようなものができる筈がないし、それを望む方がそもそも無理だという、ごく当たり前のことを悟りました。

無指向性スピーカーの特徴である演奏会場のような音の広がりはあるものの、音には艶やかさも分離感もなく、こもったような、それでいて薄っぺらなサウンドは到底満足できるものではなく、このジャンルの最高峰であるYoshii9などには、遠く及ぶべくもないことを痛感させられました。

これが根っからのオーディオマニアなどであれば、そこからまた果敢に挑戦を繰り返すところでしょうが、マロニエ君の場合そもそもが自分の領域外のことを勢いでやってみたまでで、疲労困憊、もうこれ以上はもう結構、やりたくないと思いました。

それいらい次第にこのスピーカーからも関心が遠ざかり、しまいには部屋に置いておくだけでも転倒の心配もあり(厚みのあるアルミ管を使い、中は鉄のウェイトなどが入っているため重量もそれなりで危険性もあり)、邪魔になるというので、ついには普段使わない部屋の隅っこへと撤退させられてしまいました。

それから数ヶ月間、一時はあれほどの心血を注いだ自作スピーカーは無用の長物として、音を出すこともなくただの邪魔な物体として放置されたままでしたが、わけあって家の中の整理や片づけが契機となり、自室にこれを運び込み、場所を変えてもう一度聴いてみようかと思いつきました。

狭い自室の中になんとか場所を確保して、久しぶりに線を繋いで音を出してみますが、基本的にはやはり以前の状態のままで、やっぱり場所の問題ではありません。しかし、今回は腹を括ってしばらくこのスピーカーと付き合ってみることにしたわけです。
自室では毎夜音楽を聴かないことはまずないので、とにかく毎日続けて一定時間鳴らすことになりますが、すると驚いたことに、だんだん音が鳴るようになってきたばかりか、音の分離感や色彩感もこちらがほぼイメージしていたように少しずつですが出てきたのは嬉しい驚きでした。
少なくとも作った当初とはまるで別物のような、まあまあの繊細なサウンドで鳴るようになってきたことは、まったく楽器と同じだと思わないわけにはいきません。これがオーディオでいうところのエージングというものなのかとちょっと感動してしまったわけです。

手前味噌で恐縮ですが、今の状態ならば、それなりに満足が得られるもので、知識も経験もないクセして、寄せ集めの情報だけで、あれだけ拘り抜いて作った甲斐があったなぁと思いました。
同時にスピーカーでも楽器でも、音の出るモノは(デジタルアンプはどうだかわかりませんが)、いずれも数ヶ月間はそれを本来の性能とは思わずに、慣らしのつもりで付き合わなくてはならないことをしみじみと教えられたような気がしています。

子供の成長ではありませんが、時を経て音がだんだん良くなっていくというのは、実に嬉しいものです。

2013/06/14 Fri. 01:58 | trackback: 0 | comment: 0edit

DVDプレーヤー 

久々にオーディオの話になりますが、手作りスピーカーは、音のチューニングをやっているとキリがないということがわかり、同時に自分の経験や知識にも限界を感じて一応の区切りをつけています。

ところで、CDプレーヤーについてですが、最近はめっきりその数が少なくなり、一部のメーカーを除くと、昔のように適当な値段でこれを買うことが難しくなっているようです。
僅かに残っているのは、オーディオマニア向けの高級機などで、それは金額的にもケタが違います。

そんなときに思いついたのが、タイムドメインのYoshii9にまつわる話として聞いたもので、中途半端なCDプレーヤーなどは無意味ということで、この会社が推奨しているのが品質の良いポータブルのCDプレーヤーですが、それも最近は絶滅寸前で、電気店などをくまなく見てまわっても大半が名もなき中国製などしかありません。

そんな傍らで、一定の売り場面積を占めているのがいわゆるDVDプレーヤーで、いまやブルーレイレコーダーでもかなり安くなっている中で、再生だけを目的とするDVDプレーヤーなどは数千円のレベルでごろごろしています。

ここも中国ブランドらしきものが少なくはないのですが、日本のメーカーの製品も一応あることはあって、生産国は中国かもしれませんが、一定の品質管理はされていそうで、辛うじて一応の信頼性はある気がします。
そんなDVDプレーヤーを見ていると、なんと普通のCD-Rなども音声再生可能とあり、店員さんに聞いてみると、普通の音楽CDでも使えるということがわかりました。

なんとなくひらめくものがあり、値段もポータブルCDプレーヤーとそう大差ない金額なので、これを買ってみました。

もはや我が家では常用するに至っている中国製デジタルアンプに繋いで音を出してみたところ、果たしてこれが望外のクリアな音であることにびっくりさせられました。本格的なオーディオ装置を広い部屋で鳴らすときはわかりませんが、私室で適当な音量で聴くぶんには、少なくともマロニエ君の耳にはなんの不満もない美しい音が溢れ出して、非常に満足しています。

同時に、高級機以外のCDプレーヤーなどが姿を消してしまう背景が一気に理解できるようでした。これだけの音声の性能が、安いDVDプレーヤーのオマケ程度についているのですから、なにも図体の大きい単一機能のCDプレーヤーなどを買う必要もないし、だから売れない作らないという構図になることを悟りました。

現代人はiPodなどを常用し、家でもパソコンに繋いだ小型スピーカーなどで、音楽だけに留まらない、いろいろな音声を聞いて楽しみ、もはや音楽ひとつに熱中するということもないのでしょう。

ともかく、安いDVDプレーヤーからこれだけの高いクオリティの音があっけなく出るというのは嬉しいことのようでもありますが、どこかわりきれない、腑に落ちないものも感じてしまいます。それでも毎日使っているのですから、人間は勝手なものです。

ちなみにマロニエ君が買ったのはパイオニアのDVDプレーヤーで、価格はわずか4000円ほどのものでしたから、作り自体はちゃちですが、おそらく昔なら何万もするような性能に違いありません。
ネットなどの評価を見ると、この手のDVDプレーヤーの音質に関しては見下したようなコメントをしている人もいなくはないものの、それはよほどのオーディオ通か専門的な厳しい耳を持った一握りの人で、大半の人は大満足する筈だと思います。
少なくとも価格を分母にして判断すれば、これで文句を言ったら罰が当たるような素晴らしい音です。

2013/05/05 Sun. 02:03 | trackback: 0 | comment: 0edit

ふとん店 

手作りスピーカーで余談をひとつ。

スピーカーに不可欠の吸音材に使う素材はいろいろあるようですが、そのうちの定番のひとつが「綿(わた)」であることは、恥ずかしながら今年になって知りました。
これには100%ウールのものから、一定量化繊の混じっているものまでいろいろあり、自作オーディオの専門店でも扱っているようで、ネットで購入も可能ですが、マロニエ君は量なども実物で確認したかったので、市内のふとん店に問い合わせてみることにしました。

しかし、今どきはふとん店そのものが昔に較べてずいぶん少なくなっているようでした。
さらには中の綿だけを小売りしているような本格的な専門店となると、なかなかそうざらにはありません。今は生活用品ならなんでもスーパーなどで簡単手軽に安く買えてしまう時代ですから、それもそうだろうと思います。

そこでふっと思い出したのが、ときどき通る道沿いに、派手ではないがちょっと古い感じの大きめのふとん店があったのを思い出して、そこに問い合わせをしてみたら、さすがというべきかちゃんと商品としての取扱いがありました。
オーディオ店同様に、100%ウールをはじめ化繊の混合など数種類そろっているようです。

我が家からもそう遠くない場所なので、さっそく行ってみると、外から見るより店内は遙かに立派で、これには思いがけず驚きました。それも今風のピカピカした感じの立派さではなく、建物などは結構古くはなっているけれども、昔ながらの商売を守り続けているといったガッチリした店内で、置かれている布団のセットなども値段もそれなりだけども法外なものでもなく、いわゆる特別高級な何々というのではなくて、きちんとしたものを正当な価格で普通に売っているというもので、まずその点も近ごろでは却って懐かしく新鮮でした。

さらには店内中央から吹き抜け階段になっていて、どうやらその上は作業場のようでした。布団の縫い込みや綿の打ち直しなどの仕事スペースに違いなく、こんな昔ながらのお店がちゃんと今でも残っていること自体がホッとするのを通り越してちょっと感動的な気分にさえなります。

来意を告げると、応対に出た女性がすぐに二階に取りに行って、しばらく待たされたあと、真っ白い綿を持って降りてきました。その方曰く、綿は湿気を非常に吸い込みやすく反面、放湿は苦手なので、どうしても綿の中に湿気がたまりやすくなる性質があるとのこと。布団の場合はお天気の良い日に日干しをしたりすることになるけれども、スピーカーじゃそれも出来ないでしょうからという判断で、混合のものをひとつ購入することになりました。

ひとつといっても相当の量で、大きめのビニール袋がいっぱいになるぐらいで、とても全部は使い切れない量がありましたが、値段がまた安く、オーディオ専門店などもおそらくほとんど同様の品だと思われますが、価格は数倍に及ぶようですから、この点もなんだか得したような気分になりました。

なんでも、この店は創業120年なんだそうで、現在は販売の他に遠方から綿の打ち直しなどの依頼があるという話でした。スーパーやネットもたしかに便利ですが、欲しい物を直接手にとって、お店の人と会話しながら納得ずくで購入するというオーソドックスなスタイルでやりとりをすると、ふしぎに気持ちもゆったりしてどことなく幸福な気分になるものです。
昔はこういうなんでもないところからも、人の心の在り方が違ったんだというような気がしました。


2012/12/22 Sat. 01:40 | trackback: 0 | comment: 0edit