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ぴあのピアの徒然日記

福岡でピアノを楽しむサークル、ぴあのピアの日記です。コメントは機能していませんので、メールを頂けると助かります。

思いつくまま 

身も心もイヤ~なカビが生えてきそうな、陰気な雨模様がずーっと続いてて終わりませんね。
報道によると、どうやらほぼ全国的なもののようで、こればかりは打つ手がありません。

福岡の場合で言うと、土曜から降り始めた雨は日曜にはさらに深刻なものとなり、朝から晩までしたたかに降り続きました。
月曜もほぼ同様の状態がつづき、火曜の夜にほんの少しだけ止みましたが、その後はまたしても降ったり止んだりの繰り返しで、ここまでくると青い空も忘れかけた気分です。

週間予報を見ていると、晴れマークはひとつもなく、来週以降も連続して黒っぽい雲か傘のマークばかり並んでいて、まるで黒いパールのネックレスのように連なっています。さらに追い打ちをかけるように、今年はもう終わったものだと思い込んでいた台風までやってくるようで、選挙の日曜には沖縄に達し、翌日から日本列島に向かって北上してくるというのですから、秋らしい、澄んだ空気を思いっきり満喫するのも当分は諦めなくてはならないようです。

だいたいお天気のことを書くときはネタがないときなんですが、よく思い返してみると、先週は横浜のピアノ屋さんが福岡への納品ついでに我が家にも立ち寄ってくださり、楽しいひと時を過ごすことができました。

この方はピアノはもちろん、ときには車までヨーローッパから輸入されているらしく、お店のキャラクターにもなっている1963年のオースチンA35バンが先ごろカー・マガジン誌から取材を受けたとのことで、マロニエ君がピアノと同様、車も好きだということをどなたからか聞かれたらしく、その本をおみやげに持ってきてくださいました。

そのオースチンA35バンの記事は巻頭のカラー4ページにもわたる堂々たるもので、見開き2ページにわたりピアノ店の店頭で車のハッチが開き、そこへご主人がベヒシュタインの鍵盤蓋を抱え、今まさに積み込もうとするショットで、いきなりのけ反りました。
オースチンA35バンは、バンという名の通り商用車ですが、その造形は優雅な曲線に包まれたなんともかわいらしい車です。
フロントシートのすぐ後ろは荷室になっていますが、そこにはグランドピアノのアクション/鍵盤一式がきれいに収まっている写真が1ページまるごと掲載されているし、さらには店内のピアノやお仕事の様子などまでも紹介されていて、ピアノの本か車の雑誌かわからなくなるようで、大いに驚かされました。

こういうものを見せられると、かなり個人的かつこじつけのようではありますが、ピアノと車は精神的にどこか切っても切れないなにかがあるように思えてなりませんでした。

車の話が出たついでに少し書きますと、マロニエ君は普段の足にVWゴルフ7の1.2コンフォートラインというのに乗っています。
よく出来た現代の車の例に漏れず、ほとんど故障らしきものはないのですが、ちょっとしたフィールの問題で現在ディーラーに入院中で、その間の代車として同じくゴルフ7のワゴンの1.4ハイラインというのを貸してくれました。
ワゴンボディなので、通常のモデルより全長が少し長くて、そのぶん荷室は広く、エンジンはひとまわりパワーがあり、内装やシートの素材なども少しずつ高級な仕様になっていますが、走りだしたとたん、自分の車との本質的な違いにおおいに戸惑いました。

タイヤはより幅広でスポーティなサイズになるし、車重は140kgも重く、リアのサスペンションはワゴンということを考慮されて、かなり硬いセッティングになっています。前を向いて走ってもワゴンの荷室がうしろからついてまわるため、いつもカラのリュックを背負って動いているみたいで、なんとなく重心も高いしバランスも違ったものになっています。
これはこれでとても良くできた車であるし、ワゴンを本当に必要とする向きには良い1台とは思うけれど、個人的には圧倒的に自分の車のほうが軽快かつしなやかで好ましく、しかも価格が55万円も高いことを考えると、マロニエ君にはまったく無用のプラスアルファということを痛感しました。
今どきの流行りだからといってカッコだけでワゴンを選ぶと、とくに車の走りにこだわる人には予想外のこともあるだろうと思いつつ、自分の車の退院をひたすら待っているところ。

…雑誌の話からつい車のほうに行きましたが、ピアノへ話を戻すと、その日はせっかく遊びで立ち寄っていただいたにもかかわらず、話の流れでシュベスターの調律をやっていただくことになりました。
新旧内外ありとあらゆるピアノの修理をやられている方の目に、ヤフオクからクリックひとつで買ったシュベスターがどう評価されるか興味津々でした。どんなことを言われても傷つきませんから率直になんでも言ってください!と頼みましたが、果たしてとても状態が良いとのお褒めをいただくことになり、もちろん嬉しいけれどいささか拍子抜けしてしまいました。

外観がかなり荒れたピアノだったものの、内部の写真はそれほど悪くないように見えたことが今回はたまたま間違いではなかったようで、とてもきれいでほとんどやることがないというようなことまで言っていただき、そこには社交辞令が多分に盛り込まれているとは思いますが、それを割り引いたとしても、あんなめちゃくちゃな買い方のわりには、まあ結果は良かったほうか…と胸をなでおろすことができました。

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2017/10/20 Fri. 02:27 | trackback: 0 | comment: -- | edit

クラビアハウス-2 

前回のクラビアハウス訪問記で書ききれなかったことをいくつか。

知人がネット動画の音を聴いてこれだと目星をつけていたのは戦前のグロトリアンシュタインヴェークだったのですが、実物に触れてもそこに食い違いはなかったようで、あっさりこれを購入することになりました。
もちろん、他の3台も触って音を出してみた上でのことですが、各ピアノの個性やタッチなどから、この1台に決したのは極めて自然なことだと思われました。

それほどそのグロトリアンは1台のピアノとしての完成度が高くて自然でした。
曲や弾き手を広く受け容れる懐の深さがあり、いい意味でのきれいな標準語を話すようなピアノでしたから、なにか突出した個性を得るためその他のなにかを犠牲にするということがまったくないピアノだというのが率直なところ。

あくまでも個人的な意見ですが、ベーゼンドルファーやプレイエルは、これらのピアノに思い入れがあるとか、すでになんらかのピアノを持っている人が、さらに自分の求める方向性を深く追求するために購入するには最高のチョイスになり得ると思いますが、そうでない場合はもう少し普遍的な要素を持ったピアノのほうが賢明かもしれません。

その点では、中間的な個性かもしれないのがブリュートナーで、一応どんな音楽にも対応できるピアノではあるけれど、それでもなおドイツ臭はかなりあるので、弾き手の趣味や好みの問題が出てくるとは思います。
艷やかで量感のある音なので、やはりドイツ音楽が向いていそうで、とくにバッハなどには最良かもしれません。

ドイツ臭といえば、工房で修理中であったアートケースのベヒシュタインはさらにその上をいくもので、発音そのものがまるでドイツ語のアクセントのようでした。ちょっとベートーヴェンなどを弾いてみると、うわぁと思うほどその音と曲がピタッと来るので、やはり生まれというのはどうしようもないもののようです。
そういえばマロニエ君がバックハウスの中でも最も好きな演奏のひとつである、ザルツブルク音楽祭でのライブ録音のヴァルトシュタインは、いつものベーゼンドルファーではなく、なぜかベヒシュタインのEで、それがまたいい具合に野性味があって良かったことを思い出しました。

その点でいうと、スタインウェイは何語ともいいがたい音だと言えそうで、強いて言うなら、もっとも美しい英語かもしれないし、あるいは何カ国語も流暢に話せるピアノかも。それでもニューヨークはまだアメリカ的要素があるけれど、ハンブルクはまさに国籍不明。

さて、そのベヒシュタインのところで話題になったのが響板割れについてでした。
マロニエ君は響板割れというのは目に見える響板のヒビや割れのことだと思っていたのですが、そればかりではないということを聞いたときは意外でした。

ヴィンテージピアノの多くには響板割れはしばしば見られるもので、それらは必ずしも見てわかるものではなく、冬場だけ木が収縮してようやくわかるものがあるなど状態もさまざまで、目視だけでは油断はできないのだそうです。
クラビアハウスではピアノを修理する際、この見えない響板割れを突き止めるために、特殊な液体を使って割れの有無を確かめるのだそうで、新品のようにレストアされたプレイエルにも、よく見ると響板割れをきれいに埋め木で補修した跡があり、こうして手を入れることでピアノは人間よりも長い寿命を生き続ける楽器であることがよくわかります。

ここのご主人は、驚いたことにこの10年の間に40回!!!ほどもピアノの仕入れのためにヨーロッパへ行かれたそうで、その際には裏の裏まで徹底的にピアノをチェックして納得のいくものだけを購入される由で、一度に多くても2~3台、場合によってはゼロで帰ってくることもあるとのことでした。もちろんその納得の中には、ピアノの状態に対する価格の妥当性という面もあるのだとは思いますが、とにかくその手間ひまたるや気の遠くなるような大変なものというのが率直な感想です。

前回も少し触れましたが、ここの価格は望外のもので、疑り深い人はその安さから不安視することもあるかもしれないと思うほどですが、マロニエ君の結論としては、購入者はピアノの状態を見て聴いて触れることは当然としても、お店の方の人柄とかピアノに対するスタンスというものが、もうひとつの大きなバロメーターになると思います。
というのも、ピアノのような専門領域を多く含んだものを購入する場合、すべてを素人が自分でチェックすることはまず不可能で、あとはお店に対する信頼しかないわけです。
とりわけヴィンテージと言われるピアノになればなおさらで、修理や調整を手がけ、すべてを知り尽くした人だけが頼りです。

最後に、ヴィンテージピアノといっても、きちんと適切な修理調整をされたものは、けっして一般的なイメージにある古物ではないことを強調しておきたいと思いますし、下手をすれば人工合材の寄せ集めのような新品ピアノなどより、この先の寿命もよほど長いかもしれません。
今回弾かせていただいたいずれのピアノも(とくに3台は戦前のもの)、古いピアノにイメージしがちな骨董的な雰囲気とか、賞味期限を過ぎたもの特
有のくたびれた感じなどは皆無で、90年ほども前のピアノという事実を忘れてしまうほど健康的でパワーがあって、少なくとも自分の命のほうが短いだろうなぁと思えるものばかりでした。


2017/09/26 Tue. 02:02 | trackback: 0 | comment: -- | edit

クラビアハウス 

横浜のクラビアハウスに行ってきました。
ここはマロニエ君が数年前からホームページ上で注目していたピアノ店で、いつか機会があれば行ってみたいと思う筆頭候補だったのですが、このたびふとしたことから念願が叶いました。

この店はご主人自らヨーロッパに出向き、自分の納得のいくピアノを買い付けては日本に送り、工房でじっくり時間をかけて仕上げたものを順次販売するというスタイルのようです。
ホームページでは、仕上がったピアノを紹介する際に必ずと言っていいほど演奏動画が添付されており、マロニエ君はこれまで、ここの動画のあれこれをどれほど見て聴いて楽しませてもらったかわかりません。

特別な装置で撮られたものではないようですが、パソコンのスピーカーで聴くだけでも、それぞれのピアノの特徴が思いのほかよくわかり、飽きるということがありませんでした。

知人がヴィンテージピアノに興味を抱いているようなので、ならばとここのホームページを教えたところ、その中の一台の音色にすっかり魅せられたらしく、たちまち航空券等の手配をして、すぐにも横浜に行く手はずを整えてしまいました。
それで、かねてよりマロニエ君自身も行ってみたいピアノ店であったことから、それならというわけで同行することになったのです。

こういうチャンスでもないと、購入予定もないのに、興味に任せてピアノ店を訪れて話を聞いたりピアノを弾いたりするという行為があまり好きではないし、まして近い距離でもないので、今しかないかも…というわけで思いきって腰を上げた次第。

クラビアハウスは保土ヶ谷区の住宅街にあってわかりにくいということから、ご主人自ら最寄り駅まで車でお出迎えくださり、お店へとご案内いただきました。

表にはかわいらしい花々が咲き乱れ、まるでヨーロッパの小さなピアノ工房を訪れるような感じ(行ったことはないけれどあくまでイメージ)で、控えめな入口をくぐると、そこには眩いばかりにいろいろなピアノがずらりと並んでいて、やはり普通のピアノ店でないことは一目瞭然でした。
普通は外観は派手でも、中に入ったらガッカリということが少なくないけれど、クラビアハウスはまったく逆で、さりげない店構えに対して中はまさにディープなピアノがぎっしりという驚きの店でした。

入り口から左手には工房があり、右手には仕上がったピアノが所狭しと並んでいます。
どれも技術者の手が惜しみなく入ったピアノだけがもつ独特の輝きがあり、この工房でいかに丁寧に仕上げられたピアノ達かということが物言わずとも伝わってきました。
グランドに限っても、このときベーゼンドルファー、ブリュートナー、プレイエル、グロトリアンシュタインヴェークという、綺羅星のような銘器が揃っていましたし、さらに工房には作業中と思しき六本足の華麗なアートケースをもつベヒシュタイン、さらにはもう1台ブリュートナーがありました。

展示スペースにある4台のグランドのうち、ベーゼンドルファーとプレイエルは我々のために試弾できるよう急遽組み上げられたのだそうで、こまかい調整はあくまでこれからとのことでしたので、この2台については多少そのつもりで見る必要がありそうでした。
ごく簡単に、それぞれの印象など。

《ベーゼンドルファー》
調整はこれからという言葉が信じられないほど、軽くてデリケートなタッチとソフトな音色はまさにウィーンの貴婦人のようで、他のどのピアノとも違う、ベーゼンドルファーの面目躍如たるものを醸し出すピアノ。こういうピアノでひとり気ままにシューベルトなどを弾いて過ごせたら至福の時でしょう。
1922年製の170cm。外装は黒から木目仕様に変更されたものらしく、普段なかなか目にすることのない渋い大人の色目で、淡い木目を映し込んだ美しいポリッシュ仕上げ。

《プレイエル》
マロニエ君の憧れでもあるプレイエル。さりげない寄木細工のボディ、シックで控えめな色合い、明るさの中にも憂いのある独特な音色と、よく伸びる次高音など、いまさらながらショパンがサマになる、フランスというよりもパリのピアノ。
惜しむらくはタッチがピアノの個性に似合わず全体に重めで、このあたりが調整途上である故かと納得する。
新品のように美しかったが、聞けばかなりの状態からここまで見事に蘇ったとのことで、その高い技術力に唸るばかり。

《グロトリアンシュタインヴェーク》
この日の4台の中で、最もバランスに優れ、違和感なくヴィンテージピアノを満喫できるのは、おそらくこれだろうという1台。グロトリアンはスタインウェイのルーツともいえるメーカーで、クララ・シューマンやギーゼキングが愛用してことでも有名。
その音色は最もスタインウェイ的な華と普遍性が感じられ、ピアノとしてのオールマイティさはグロトリアン時代から引き継がれたこの系譜のDNAであることがわかる気がした。
その音色は甘く温かく、過度な偏りのない点が心地よい。

《ブリュートナー》
このメーカー最大の特徴といえるアリコートシステムをもつため、芯線部分は通常が3本のところ、4本の弦が貼られているためやたら弦やピンが多い印象(ただし実際に打弦されるのは3本)。全体に手応えのあるタッチと、それに比例するような強めのアタック音と、実直さの中に艶やかさが光る音色。
明るめの美しい木目仕様で、フレームには亀甲型の穴と、鮮やかな青いフェルトが鮮烈な印象を与える。
1978年製の165cmで、この4台の中では最も製造年が新しく、ヴィンテージというにはやや新しめの音かもしれない。

~以上どれもが本当に素晴らしいものばかりで、いつまでもその余韻が残るようなピアノ達でした。

ちなみにクラビアハウスで注目すべきは、その品質の良さだけでなく、かなり良心的な価格でもあることで、これは購入検討する際には見逃せない点だと思います。
実際もっとクオリティの劣るピアノを、はるか高値で売る店はいくらでもあるので、なんと奇特なことかと思いますが、ここのご主人のおっとりした飾らないお人柄に触れていると、それも次第に納得できるようでした。

ヴィンテージピアノに興味のある方は、一度は訪ねておいて損はない店だと思います。

2017/09/22 Fri. 01:55 | trackback: 0 | comment: -- | edit

譜面立ての不思議 

概ね気に入っているシュベスターではありますが、このピアノを弾いていて、ひとつだけひどく不自由に感じるところがあります。
それはアップライトピアノ全般に言えることなので、とくにシュベスター固有の問題点とは言えないのですが、譜面立てに関すること。

グランドピアノの場合は、水平に畳まれた譜面台を使用時に引き起こして(自分の好きな角度で)使いますが、アップライトの多くは鍵盤蓋の内側に細長い譜面立てが折り畳まれており、使用時はそれを手前に倒して、そこへ楽譜を載せるというスタイル。
(そうではない形状の譜面立てをもつアップライトもありますが、鍵盤蓋内側のものが圧倒的多数)
楽譜を置く部分はグランドの場合は水平であるのに対して、アップライトの場合は構造上の問題からか、かなりの角度(傾き)がついています。

それだけでも少し使いにくいのに、その細長い板の手前側の縁がわずかにせり上がるように作られており、これはおそらく楽譜が不用意に滑り落ちないための配慮のつもりだろうと一応は推察されるけれども、これが決定的にいけません。

というのも、弾きながらページをめくるときは、できるだけ曲が途切れないよう、手早くサッと一瞬でめくるものですが、その譜面台前縁のせり上がった部分に楽譜が干渉してひっかかり、その部分が強く擦れてシワになって、みるみるうちに楽譜の下の部分が傷んでしまうばかりか、最悪の場合は破れることもじゅうぶんありそうです。

グランドの譜面立てではそんな不都合は一切ないのに、なぜアップライトではこういう理解に苦しむ作りになっているのか、まるで合点がいきません。
その譜面台の板の角度がもし水平で、表面がツルツルなら、あるいは楽譜が滑り落ちる可能性があるというのもわかりますが、この手の譜面立ては「鍵盤蓋に対して直角に開くよう」になっています。
そこで問題なのは、アップライトピアノの標準的な鍵盤蓋は、グランドのように垂直に開くのではないこと。
直角よりも後ろへ寝かすように開きますから、その鍵盤蓋に直角に取り付けられた譜面立ては、横から見るとおよそ30度ぐらいの角度がついていて、滑り止めの前縁などなくても楽譜が落ちることはまず考えられません。

ではもし、そのせり上がった前縁がなければいいのかといえば、そうでもなく、鍵盤蓋がカーブして手前に伸びた部分に楽譜の背が当たるので、そのぶん角度がついて、どっちにしろ楽譜はめくれば譜面立てに干渉することは避けられません。

それにくわえて、わざわざ滑り止めの縁まである!
つまり「角度」と「滑り止めの縁」というふたつの理由から楽譜をサッとめくることができず、毎度毎度、楽譜の下の部分がその縁に引っかかっては皺になってしまうのが使いにくいし、それがいやならいちいち楽譜を持ち上げてページをめくる必要があります。
こういうことは、ピアノを弾くにあたってかなりのストレスにもなり、これは構造的な欠陥だと断じざるを得ないのです。
しかも、メーカーを問わずアップライトピアノの場合、多くがこのスタイルになっているのは、まったく不可解という以外にありません。

ピアノの製作者のほうには、楽譜を「めくりやすく」という実践的な考えや見直しがないのか、とにかく使う人のことをまったく考えていない構造だというのがマロニエ君の結論です。

試しにそこへ細長い板を置いてみましたが、前縁に干渉しない高さなっても、前述のように楽譜が鍵盤蓋のカーブに当っているために角度が生じて要るため、やはり楽譜は譜面立てそのものに干渉してしまいます。そこで、奥に鉛筆を一本置いてその上に板を乗せて角度をなだらかに変えてみると、これでようやく楽譜をスムーズに(つまりグランドと同じように)めくることができました。

ほんらい、ありのままで問題なく使えるのが当たり前であるはずなのに、このように二重の欠陥を有しながら、何十年も改善されることなく放置されていることにはただもう驚くばかりで、それは日本の大手のメーカーも同様なので、なぜこんな使いにくいスタイルがスタンダードになっているのか、まったく理解に苦しみます。

悪趣味で鬱陶しいカバーなどを何十種も作るより、こういう機能改善をするためのグッズでも販売してもらいたいものです。
むろん、メーカーが使いやすい譜面立てを考案・制作してくれることが一番ですが。

2017/09/17 Sun. 15:00 | trackback: 0 | comment: -- | edit

シュベスター近況 

中古ピアノの買い方としては、ネットオークションという、いわば最悪というか、一番やってはいけない方法で入手したシュベスター。

ピアノを買うにあたり、実物を見ることも触れることも音を聴くことも一切せず、写真のみで入札ボタンを押してしまった無謀きわまりないやり方です。とくに中古品はどんな使い方をされてきたかもわからないし、コンディションもバラバラで、とんでもないピアノかもしれません。
いや、とんでもないピアノであるほうが確率は高く、そうでないことのほうが珍しいかも。
まして素人の場合、もし実際に見て触れたとしても、プロのような正しい判断ができるわけではなくじゅうぶん危険なのに、ほとんどやけっぱち同然で入札〜ゲットしたのですから、よくもそんな無茶なことをしたものだと、いま考えると自分で呆れます。

しかも出品者はピアノ業者でも個人オーナーでもなく、家具などを扱うリサイクル店だったため、楽器の知識などもない相手でしたから、質問なども諦めておりまさに冒険でした。

写真から、濃い目のウォールナットのそれは、外観はあまりいい感じではないことは見てわかりましたが、それでもこのとき、無性にシュベスターという日本の手造りピアノが欲しいことに気分は高揚し、値段も大したことないことも拍車がかかってこのような暴挙へとなだれ込んだ次第でした。
とくに響板には、その性質が最も適しているとされながらも、厳しい伐採規制で量産品では不可能とされる北海道の赤蝦夷松を使っていること、設計はベーゼンドルファーのアップライトを手本としているらしいことも大いに魅力に思われました。

落札から約2週間後、外装の補修のため、ピアノ塗装をメインにする工房(木工作業塗装一級技能士の資格をお持ちの技術者)に届けてもらったシュベスターは、さっそくプロのチェックを受けることに。
果たして楽器としての内部的な部分はこれといった問題もなく、外装の補修のみで納品できるとのことで、これは望外のうれしいビックリでした。
実を言うと、とんでもないものが来るのではないか(響板割れやピンルーズなど)という不安もあり、一応それなりの覚悟はしていたのですが、いずれの問題もないという報告で、この点は非常にラッキーだったとしか云いようがありません。

塗装工房では他のピアノの作業との兼ね合いもあってずいぶん時間がかかりましたが、この道のスペシャリストの方の丁寧な作業のおかげで、見違えるほど美しく蘇り、いまも自室のデスクの真後ろにシュベスターは静かに佇んでいます。

やはり自分の部屋にピアノがあるというのは、ピアノに触れるチャンスが圧倒的に増えるもので、以前よりピアノを弾く時間がずっと増えたような気がします。とはいってもマロニエ君の低次元の話であって、これまで5~10分ぐらいだったものが、せいぜい30分前後になったという程度ですが。

よくある某大手メーカーのアップライトは、高級機種とされるものでも弾いてみてぜんぜん楽しくないですが、シュベスターはなによりもまず弾きたい気持ちにさせてくれるところが、このピアノ最大の特徴のように思います。

そして、多少の失笑を買うことを覚悟でいうと、たしかにベーゼンドルファーに通じる雰囲気がちょっとだけあるし、音を出すだけでもとても楽しく、ピアノと対話しているような感覚が途切れないところがなんともいえません。
生意気に曲との相性もあったりして、バッハやベートーヴェン、シューベルトなどはいいけれど、ショパンはどうにもサマにならないところもベーゼンのようで、つい笑ってしまいます。

納品前の整音は、とりあえずソフトな音を希望していたので、しばらくはそんな音でしたが、2〜3ヶ月もするとだんだん弦溝が深くなり、艶めいた輪郭のあるよく通る音色になってきて、より個性的になっています。

今回のようなギャンブル的な買い方は絶対に人にすすめられることではないけれど、大量生産の表情のない音が出るだけのピアノがどうしても嫌だという方には、シュベスターは自信をもっておすすめできると思います。
そこそこの値段だし、それこそ磐田に行って注文すれば、貴重な材料を使った手造りピアノが今でも新品で手に入るわけで、こんな素晴らしい道がか細いろうそくの光のようではあるけれど、かろうじて残されているのは嬉しいことです。


2017/09/12 Tue. 02:12 | trackback: 0 | comment: -- | edit

4人のスターピアニスト? 

毎週日曜朝の音楽番組『題名のない音楽会』で、「4人のスターピアニストを知る休日」と題する放送回がありました。
番組が始まると、この日はホールではなくスタジオのセットのほうで、てっきりそこへ4人のピアニストを呼び集めるのかと思ったら、すべて過去の録画からの寄せ集めで、まずガッカリ。

4人の内訳はラン・ラン、ユンディ・リ、ファジル・サイ、辻井伸行という、なんでこの4人なのかも疑問だけれど、そこはテレビ(しかも民放)なので、さほどの意味もないだろうと思われ、それを深く考えることなどもちろんしません。
残念ながら全体としてあまり印象の良いものではなかったので、書くかどうか迷いましたが、せっかく見たのでそれぞれの感想など。

【ラン・ラン】
この人のみ、この番組のスタジオセットの中に置かれたスタインウェイで弾いていましたが、これもどうやら過去の録画のようでした。
ファリャの「火祭の踊り」を弾いている映像でしたが、マロニエ君はどうしてもこの人の演奏から音楽の香りを嗅ぎ取ることはできないし、ハイハイというだけでした。
本人はどう思っているのか知らないけれど、聴かせる演奏ではなく、完全に見せる演奏。
必要以上に腕を上げたり下げたり、大げさな表情であっちを見たりこっちを見たり、睨んだり笑ったり陶酔的な表情になったり、とにかく忙しいことです。
テンポも、やたら速いスピードで弾きまくる様は、まさにピアノを使った曲芸師のよう。
それでもなぜか世界中からオファーがあるのは、慢性的なクラシック不況の中にあってチケットが売れる人だからなのでしょうけど、だとするとなぜこの人はチケットが売れるのかが疑問。

ただ、ラン・ランの場合、この見せるパフォーマンスには憎めない明るさもあり、「ま、この人なら仕方ないよね」という気にさせられてしまうものがあって、彼だけはその市民権を得てしまった特別な人という感じがあるようです。
ピアノを離れたときの人懐っこい人柄などもそれを支えているのかも。

【ユンディ・リ】
ショパンのスケルツォ第2番。こちらはホールでの演奏。
ショパン・コンクールの覇者で、ラン・ランのような能天気ぶりも突き抜けた娯楽性もないから、こちらは知的で音楽重視の人のように見えるけど、果たしてどうなんでしょう。
こちらもかなり早いスピードで弾きまくり、自分の演奏技能を前面に打ち出した、詩情もまろやかさもないガラスのようなショパン。
音楽的なフォルムは、音大生的に整っているようにも見えますが、細部に対する目配りや情感は殆どなく、これみよがしな音列とフォルテと技術の勢いだけでこの派手な曲をより派手に演奏しているだけ。
ショパンの外観をまといながらも核心に少しも到達せず、細部に宿る聴かせどころはすべてが素通りという印象。

ラン・ランとユンディ・リは相当のライバルと思われるけれど、ピアノを弾くエンターティナーvs優勝の肩書を持ったイケメンピアニストぐらいの違いで、本質においてはどっちもどっちという印象でしょうか。武蔵と小次郎?

【ファジル・サイ】
なにかコンチェルトを弾いた後のアンコールと思われるステージで、お得意のモーツァルトの「トルコ行進曲」をジャズ風にいじった自作のアレンジ。
好き嫌いは別にして、この人がこういう事をするのは非常にサマになっているというか、ツボにはまった感じがあって、コンポーザーピアニストでもある彼の稀有な才能に触れた感じがあるのは確かです。
このサイによる「トルコ行進曲」は人気があって楽譜が出ているのか、何度か日本人ピアニストが弾くのを聴いた事があるけれど、ただのウケ狙いと、これが弾けますよという腕自慢としか思えないものばかりではっきり言ってウンザリするだけ。
ところが、本家本元はさすがというべきで、全身から湧き出る音とリズムには本物の躍動があり、余裕ある圧倒的な技巧に支えられて、聴くに値するものだったことに感心。
今回の4人中では、唯一もう少し他の曲も聴いてみたいと思わせるピアニストでした。

【辻井伸行】
こちらもコンチェルト演奏後のアンコールのようで、ベートーヴェンの「悲愴」の第2楽章。
この超有名曲にして、あまりに凡庸な演奏だったことに面食らいました。
この人はある程度の音数があって、速度もそこそこある曲をノリノリで弾くほうが向いているのか、こういうしっとり系で酔わせてほしい曲では彼の良さがまったく出てこないことが露呈してしまったようでした。
きちっとした思慮に裏付けられた丁寧な歌い込みや、心の綾に触れるような深いところを表現することはお得意でないのか、あまりにもただ弾いてるだけといった感じで、辻井さんのピアノの魅力や美しさを受け取ることはできず、肩透かしをくらったようでした。

~以上、あまり芳しい感想ではありませんでしたが、まあそれが正直な印象だったのでお許しください。


2017/09/03 Sun. 02:22 | trackback: 0 | comment: -- | edit

グランフィール 

またしても友人に教えられて、興味深い番組を見ることができました。

TBS系の九州沖縄方面で日曜朝に放送される『世界一の九州が♡始まる!』という番組で、鹿児島県の薩摩川内市にある藤井ピアノサービスが採り上げられました。
主役はいうまでもなくここで開発された「グランフィール」。
これを装着することで、アップライトピアノのタッチと表現力をグランド並みに引き上げるという画期的な発明です。それを成し遂げたのがここの店主である藤井幸光さん。

グランフィールは2010年に国内の特許取得、2015年には「ものつくり日本大賞」の内閣総理大臣賞を受賞、いまや日本全国の主なピアノ店で知られており、ついには本場ドイツ・ハンブルクでもデモンストレートされたというのですから、その勢いは大変なもののようです。

もともとアップライトとグランドでは、単に形が異なるだけでなく、弾く側にとっての機能的な制約があり、とくにハーフタッチというか連打の性能に関してはアクションの構造からくる違いがあり、グランドが有利であることは広く知られるところ。
具体的にはグランドの場合、打鍵してキーが元に戻りきらない途中からでも打鍵を重ねれば次の音を鳴らすことが可能であるのに対して、アップライトは完全に元に戻ってからでないと次の音がでないという、決定的なハンディがあります。

そんなアップライトに、グランド並の連打性を与えるということは、世界中の誰もができなかったことで、それを藤井さんが可能にしたところがすごいことなのです。
キーストロークの途中から再打弦ができるということは、小さな音での連打が可能ということでもあり、そのぶんの表現力も増えるということ。通常のアップライトでは毎回キーが戻りきってから次のモーションということになるため、演奏表現にも制約ができるのは当然です。
例えば難曲としても知られるラヴェルの夜のガスパールの第一曲「オンディーヌ」の冒頭右手のささやくような小刻みな連続音は、和音と単音の組み合わせによるもので、それを極めて繊細に注意深く、ニュアンスを尽くして弱音で弾かなくてはならず、あれなどはアップライトではどんなテクニシャンでもまず無理だろうと思われます。
それが、グランフィールが装着されていたら可能になるということなら、やっぱりすごい!
もちろん夜のガスパールが弾ければ…の話ですが。

マロニエ君は2011年に、ピアノが好きでここからピアノを買われた方に連れられて藤井ピアノサービスを訪れ、いちおうグランフィールにも触れてはみたものの、上階にすごいピアノがたくさんあると聞いていたため、わくわく気分でそっちにばかり気持ちが向いて、あまりよく観察しなかった自分の愚かしさを今になって後悔しているところです。

その構造については長いこと企業秘密だったようですが、今回のテレビでちょっと触れられたところによれば、ごく小さなバネが大きな役割を果たしているようでした。もちろんそこに到達するには長い試行錯誤があってのことでしょうし、藤井氏が目指したのは「シンプルであること」だったそうです。

しかもそれは既存のアップライトに後付で装着することができて、技術研修を受けた技術者であれば装着することが可能、それを88鍵すべてに取り付けるというもの。
また、このグランフィールを取り付けた副産物として、キレのある音になり、さらにその音は伸びまで良くなるというのですから、まさに良い事ずくめのようでした。料金は20万円(税抜き)〜だそうで、きっとそれに見合った価値があるのでしょう。

開発者の藤井さんは、もともと車の整備の勉強をしておられたところ、高校の恩師のすすめでピアノの技術者へと転向されたらしく、車にチューンアップというジャンルがあるように、ピアノも修理をするなら前の状態を凌ぐようなものにしたい、つまりピアノもチューンアップしたいという気持ちがあったのだそうで、そういう氏の中に息づいていた気質が、ついにはグランフィールという革新的な技術を生み出す力にもなったのだろうと思いました。

これはきっと世界に広がっていくと確信しておられるようで、それが鹿児島からというのが面白いとコメントされていました。
たしかに、大手メーカーが資金力や組織力にものをいわせて開発したのではなく、地方のいちピアノ店のいち技術者の発案発明によって生みだされてしまったというところが、面白いし痛快でもありますね。

鹿児島は、歴史的にも島津斉彬のような名君が、さまざまな革新技術の開発に情熱を傾けたという歴史のある土地柄でもあり、藤井さんはそういう風土の中から突如現れたピアノ界の改革者なのかもしれません。

2017/08/07 Mon. 02:22 | trackback: 0 | comment: -- | edit

『ピアノと日本人』 

TV番組のチェックのあまいマロニエ君ですが、友人がわざわざ電話でNHKのBSプレミアムで『今夜はとことん!ピアノと日本人』という90分番組があるよと教えてくれたので、さっそく録画して見てみました。

ナビゲーターというのか出演は、女性アナウンサーとジャズピアニストの松永貴志氏の二人。
あとから聞いたところによると、そのアナウンサーは民放出身の加藤綾子さんという有名で人気のある人だそうで、今回NHKには初登場らしいのですが、マロニエ君は今どきの女子アナが苦手で興味ゼロなので、どの人も同じようにしか見えず「へーぇ」と驚くばかり。
音大出だそうで、冒頭でマニキュアを塗った長い爪のままショパンのop.9-2のノクターンを弾いていましたが…そんなことはどうでもいいですね。

印象に残ったシーンを幾つか。
日本に最初にやってきたピアノはシーボルトのピアノというのは聞いたことがありましたが、それは山口県萩市に現存しているとのこと。
江戸時代、豪商だった熊谷義比(くまやよしかず)が膝を痛め、その治療で長崎のシーボルトの診察を受けたことがきっかけで交流が始まり、日本を離れる際に熊谷氏へ贈ったスクエアピアノでした。
それが今も熊谷家の蔵の中に展示保管されており、ピアノの中には「我が友 熊谷への思い出に 1828年 シーボルト」と筆記体の美しい文字で手書きされていてました。
日本最古のピアノというのもさることながら、いらい200年近く熊谷家から持ち主が変わっていないということも驚きました。

東京芸大ではバイエルが話題に。
メーソンが来日した折、日本にこの教則本を持ち込んだのが始まりということですが、その後にウルバヒという教本も登場し、両書はその目的がまったく異なっていたとのこと。
バイエルが指使いの訓練を重視しているのにくらべて、ウルバヒは音楽の楽しさや美しく曲を弾くためのテクニックを学ぶ練習曲が多いようで、この場面で登場したピアニストの小倉貴久子さんが弾いたのはウルバヒの中にあるシューベルトのセレナーデで、マロニエ君だったら迷わずウルバヒで学びたいと思うものでした。
しかし、当時すでに先行したバイエルが定着しつつあり、多くの先生がそれをもとに指導を始めて体系化されつつあり、ウルバヒでは指導方法がわからなかったという事情もあって、すぐに消えてしまったようでした。もしこれが逆だったら、日本のピアノ教育もまた違ったものになっていたような気もしました。なんとなく残念。

大阪では堺市にある、クリストフォーリ堺を二人が訪ねます。
ここは世界的にも有名な、歴史的ピアノの修復をする山本宜夫氏のコレクション兼工房で、氏は「神の技をもつ」と賞賛されてウィーンなどからも修復の依頼があるのだとか。
建物の中には歴史ある貴重なピアノが所狭しと並び、工房ではチェコ製のピアノが響板割れの修復をしているところでした。響板はピアノの一番大事なところで人間の声帯にあたり、これが割れることは致命傷だと山本氏は言いつつ、割れた部分にナイフを入れてすき間を広げ、修復するピアノに使われている響板と同じ時代の同じ木材を細く切ってていねいに埋め木がされていきます。
それにより、修復後は割れる前よりもよく響くようになるとのこと。
「割れる前よりよく響く」とはどういうことかと思ったけれど、その理由についての説明はありませんでした。時間経過とともに枯れて張りを失った響板が埋め木をすることでテンションが増すなどして、より響きが豊かになるということだろうか…などと想像してみますが、よくわかりません。

熊本県山鹿市のさる呉服屋が、大正時代にスタインウェイを購入。
そこの娘が弾くピアノの音に、隣りに住む木工職人の兄弟が強い関心をもち、娘に弾いてくれとせがんではうっとりと聞き惚れています。
当時のピアノは家が何軒も建つほど高価だったため、一般庶民はもちろん、学校などでもピアノなどないのが普通の時代。このピアノの音を子どもたちにも聴かせたいという思いが募り、木でできているようだし、買えないならいっそ作ってみようと一念発起します。
木村末雄/正雄の兄弟は、呉服屋の迷惑も顧みず、毎日々々ピアノの構造を確認しながら、見よう見まねで製作に没頭、数年の歳月を経てとうとうピアノを完成させたというのですから驚きました。
木村ピアノは十数台が作られ、現存する1台が山鹿市立博物館に置かれています。
幅の狭い、見るからにかわいらしいアップライトで、内部の複雑なアクションまで見事に作り込まれており、楽器の知識もない木工職人が、呉服屋のピアノを参考にこれだけのものを作り上げたその技と熱意は途方もないものだと思いました。まさに日本人の職人魂を見る思いです。

これを有名な芝居小屋である八千代座に運んで、地元の子供達を招いて松永貴志氏が演奏を披露。
すると、子どもたちが返礼としてこのピアノを伴奏に美しい合唱を聴かせてくれました。
山鹿市にこんなピアノ誕生の物語があるとは、まったく知りませんでしたが、いろいろと勉強になる番組でした。


2017/07/30 Sun. 00:12 | trackback: 0 | comment: -- | edit

価値はいずこ? 

日本人による日本製のピアノに関する評価基準というのは、大メーカーの製品ばかりが中心らしく、楽器としての正当な評価がなされてはいないだろうと思ってはいたけれど、根深い大ブランド偏重という点では、やはり驚くべきものがあるようです。

具体的なブランド名は敢えて書きませんが、ネットの相談コーナーを見ていると、国内で一定の評価を得ているいくつかの手造りピアノと、大手による大量生産のピアノ(どちらも中古)のいずれを購入しようかと悩んでおられる方の質問がありました。

価格はブランド力の違いからか、良質な素材を使っていると定評ある手造りピアノのほうがむしろ安く、単なる量産品のほうが逆に高額だったりで、ずらりと書き込まれた回答者達は、技術者/一般ユーザーいずれも大手の製品を当然のように勧めていることにびっくり。
それも楽器としての価値や魅力、音の善し悪しに照準を当てた話ならともかく、大したこともないわずかな安心感や、さらには将来の買取価格/リセールバリューに関する価値ばかりが大真面目に取り沙汰されていることに愕然としました。

これから手に入れて長い時を共にするピアノであるのに、果たしてどれが本当に弾いて楽しく喜びを得られるかという記述はひとつもなく、主にわずかな買取価格の話にばかり終始します。手作り品のほうは知名度が低いから殆ど値がつかないとか、下手をすれば処分代をとられることもある、それに比べれば量産品のほうがまだかろうじて値がつくわけで、だから有名メーカーの方を買われることをおすすめしますといった主旨のもの。

これが業者間の話なら、事はビジネスだからそういった意見もまだいいとしても、一般のユーザーに宛てたアドバイスがそこだったことにとても驚かされたというかショックを受けました。

たしかに相談者がどういった部分に重点を置いて相談されているかまでは正確にわからなかったことも事実ですが、すくなくとも質問の感じからして、それをさらに将来手放すときの金銭的価値の話ではなく、ピアノとしてどっちを選んだほうがいいでしょうか?という、単純かつ漠然としたものだったように感じられました。
おそらく、音の感じとかピアノとしての味わいや音楽性などのことと、機構的な心配はないかといったことだろうと思います。
とこらが、回答者はすべて「買取の場合にどれだけ値がつくか」という一点のみに終始し、純粋に楽器としての良し悪しに対する記述は一つもないのには言いようのない価値基準の貧しさを感じました

これからピアノを買って、家において、弾いて、音楽に触れ、ピアノと関わろうというのに、将来手放すときの金銭的価値が残るか残らないか、そういうことばかりに価値を置き、だから大手メーカーがオススメだと何人もの人が堂々と言ってのける感性には、本当に驚かされました。
極め付きは「わざわざ❍❍万円(売値)の処分困難な粗大ゴミをあえて買いますか?」といった強烈な言い回しで、こんなにも文化意識の欠落した寂しい考え方があるのかと思わず背筋が冷たくなりました。

たしかに、手作りとは名ばかりの、アジア製の得体のしれないたぐいのピアノならわかりますが、れっきとした日本のピアノ史に名を残す名器と言われるようなピアノが、いざとなるとこのような不当な扱いを受けていることにただもう唖然とするばかり。

たしかに、将来手放すときにいくらかの金銭的な価値が保持されればそれに越したことはないかもしれませんが、もともとが安い中古品で、出てきた価格はせいぜいちょっとした電子ピアノぐらいのに毛の生えた程度の価格です。
100万円も出すというのなら少しはリセールバリューの面も気になるのはわかりますが、こんな価格帯で職人の気骨で作り上げられたピアノがあり、しかも弾いた人が音色や響きが気に入ったとすれば、それが最も大切なことではないかと思うのですが…。

おまけに回答者の言い分としては、そもそもそんなピアノはタダ同然もしくは処分料を取って仕入れるのだろうから、販売する業者は「ボロ儲けのはず」で、そんなボロい商売にまんまと乗せられるようなことは自分はしない!というようなニュアンスの記述まである始末です。
でも、いくら仕入れが安くても、今どきピアノなんてそう簡単に売れる品目ではないし、中古の場合、商品として仕上げるためには相当の労力が必要とされ、おまけに売れるまで在庫としてかかえるリスクまで考えれば、ボロ儲けだなんてマロニエ君にはとても考えられません。

そういえば思い出しましたが、車でも新車を買う際、自分が一番気に入った色ではなく、将来下取に出したときに少しでも有利になる人気色で決める人が少なくないらしいのですが、こういうこともどこかおかしいなと思います。

それでも車は何色でも機能的には無関係ですが、ピアノはメーカーや材質や製造者のこだわり如何によって音や響き、ひいては音楽する喜びまでまったく変わってくるというのに、大量生産の大メーカーでないピアノは粗大ゴミだと決めつけ、相談者へさも真実のアドバイスであるかのように言うとは、その勘違いと偏りはいささか度が過ぎていやしないかと思いました。

だったらベニヤ板みたいな響板に羊毛のクズを固めたようなカチカチの超安物ハンマーが付けられた、音階の出るおもちゃみたいな音しかでなくてもても、鍵盤蓋に有名メーカーのロゴさえあればいいということですね。
これが悲しき現実なんでしょうか…。

2017/06/11 Sun. 01:29 | trackback: 0 | comment: -- | edit

相談 

車の仲間である某氏から、思いがけなくピアノの相談を受けました。

車の集まりではピアノのピの字も口にしないのですが、まあそれでもマロニエ君がピアノ好きであることを何かの折にチラリと話したことが相手の方の記憶の底に残っていたようです。

その相談というのが、30数年前にカワイのアップライトピアノを買われて、それをさらにそのお子さんが受け継いで弾いておられるようで、なんとも素敵な話です。
中学生ぐらいになり、だいぶ上達したとのこと。
ところが、ピアノの先生のところにはグランドがあって、お子さんによれば先生のところのピアノは弾きやすく、それに比べると自分のピアノは甚だ弾きづらいとのこと。
とくに強弱の差がつけにくいとあって、それが思った通りに弾けないという点に不満が募っているらしく、どうしたものか…ということでした。

すでに古いピアノではあるし、機能的にもそういう「問題」が出ているから買い替えも検討中とのこと、ピアノといえども機械ものなのでそういうものだろうか?というご相談を受けたというわけです。

もちろんマロニエ君は専門家ではなく、一介のピアノ好きにすぎず、責任ももてないので断定的なことは敢えて言いませんでした。
言えることといえば、グランドとアップライトではアクションの構造がまったく違うので、グランドを買われるのならともかく、同じアップライトをただ新しいものに買い換えられるのであれば、事前によく考えてみるべき余地があるということ。

言うまでもなく、ピアノは木材の他に金属、多くのフェルトなどの天然素材を多用し、それらは弾かれることと経年変化によって「消耗」するものだということ、無数のパーツがまさに精密機械のように複雑に組み上げられ、機能し合うことによってピアノ本来の弾き味を作り出しているということを簡単に説明しました。
ほんらい弾力があるべきものが固く潰れてしまえば本来の柔軟な動きは阻害され、とりわけ微妙なタッチコントロールはにづらくなるわけで、もともと機械ものにはめっぽう詳しい方なので、車と楽器という違いはあれども、理屈はあるていどすんなり理解されたようでした。

で、素人のマロニエ君が想像でいくら何を言ってみたところで埒が明かないので、ひとまずオススメしたのは、信頼のおけるプロの技術者の目でそのピアノが現在どのような状態になるかを見てもらい、各所の調整や簡単な消耗品の交換によって本来の機能を取り戻せるのか、価格はどれぐらいか、あるいはもっと本格的なオーバーホールが必要なのか、そのあたりのことを正しく判断してもらうのが最良ではないかといいました。

さらに最も気をつけるべきは、優れた技術を持たれた方というのは当然としても、メーカー系の技術者には決して依頼せず、販売ノルマのかかっていない、フリーの技術者さんに診てもらうという点だといいました。
べつにメーカー系の方を批判するつもりはありませんが、メーカーに在籍してそこから給金をもらっているからには、上から新品の販売圧力がかかっているのは当然だからです。これは世の常ともいうべきことで、どんなジャンルでも似たりよったりかもしれませんが、とくにピアノ業界はその傾向が強いように感じるからです。

聞いた話では、簡単にできる修理も調整も敢えてしないで、素人にわからない専門用語を並べ立てて買い替えに誘導するというあまり感心できないやり方です。もちろん新品が売れて初めて利益が出る会社にしてみればやむを得ない手段かもしれませんが、でもやはりマロニエ君は充分修理や調整の可能なものを「できない」と言いくるめて、望まない買い換えを強引にさせるというやり方には賛成しかねるのです。

昔のピアノはとくに一流品でなくても、あたりまえに木材をはじめ普通に天然素材を使って作られていましたが、今のピアノは(聞いた話ですが)外目は立派すぎるほどの分厚くてピカピカの塗装で覆われているから見てもわからないけれど、普通の人が木だと信じている部分の多くに、木の屑を集めて固めた集成材はじめ、ひどい場合はプラスチックなども多用されている由。とても楽器と呼べるようなものではなく、心に滲みない機械的な音階の出る製品に成り下がってしまっているとも聞きます。

不幸にして家が火災になったところ、木だと思っていたピアノ(全部ではないでしょうけど)がドロドロと溶け出してプラスチックが多用されていたことがわかったという話も聞いたことがありますし、おそらく技術者さんたちはもっとお詳しいのでしょうけれど、みなさん業界に身をおいてお仕事をされるためか頑なに口をつぐんでおられるようです。

また、有名な日本製ブランドは名乗っていても、とくにアップライトに関してはアジア製であったり、あるいは「日本製」とするために、ほとんど海外で出来上がったものを輸入して、最終組み立てだけ日本でおこなうというようなことだけするようなケースも珍しくないそうです。
何かの本で読みましたが、ほとんど完成したピアノを途上国から輸入して、ペダルだけ日本で取り付けて「日本製」とするような場合もあるようで、マロニエ君だったらそんなピアノは絶対に欲しくはありません。

できたら、最低限の消耗品の交換と調整によって、本来のきちんとした機能を取り戻してくれることを願っています。

2017/06/03 Sat. 01:58 | trackback: 0 | comment: -- | edit